橋岡蓮 ’s diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

自分を大切にするとは?

約四時間に及ぶセミナーを終え、軽くおにぎりを食べてこれを書いている。

部屋の中にはストリートスライダーズのライブが流れている。

もうちょっとボリュームを上げたいなぁと思っているのだが、時計を見るとちょっと気が引けた。

ん~、でもやはりもう少しボリュームを上げようか。

近所迷惑にならない程度に上げてやった。

 

 

「最近、蓮さんやさぐれてない?」

 

というようなことを訊かれたり、言われたりすることがある。

勿論表現は人それぞれ。

果たしてやさぐれているのだろうか?

私としては怪我をきっかけに一回りも二回りも成長した気でいた。

酒も飲まなくなったし、変な男を見極められるようにもなった。

先日、一ヶ月ぶりに顔を合わせるイベントに参加したら、蓮さんは表情が優しくなったなどと皆から言われた。

少し痩せたからかな?酒を止めたからかな?

たぶん仕事をしていないからだと思った。

ストレスフリーの環境にいて、気が抜けている証拠だろう。

とはいえ文章を読んで、蓮さんは優しくなったと言う人は恐らくいないのではないだろうか?

やさぐれているのではなく、何度も書いているがその辺に転がっている恋愛に興味が無くなっただけ。

そんなことに時間を費やしているくらいなら自分のことに全力投球した方がいい。

そう思わないか?

自分のこととは、自分の仕事のことだ。

やはり私は新作を書き上げなきゃならない。

生活も維持しなければならない。

かといって、介護でバリバリ働くことが今の段階では無理。

たぶんこういうことだ。

介護職をしながら来年中に新作を仕上げることは不可能だと天が教えてくれたのさ。

半月休んでみて、かなり無理をしていたことに今更気づいた。

 

 

ただこれだけは言える。

私って、追い込まれないと何もできないタイプ。

友達がこんなことを言ってくれた。

 

「蓮さんはいつ死んでもいいと云う想いで生きてきた」

 

それそれ!!

まさにドンピシャ!!

ロックンローラー』だって死ぬ気で書いたし、何だって死ぬ気でやった。

これが終わったら死んでもいいと思っても、死ななかっただけ。

そういう意味では、今はまだまだ追い込みが足りないんだと思っている。

簡単に言えば、死ぬとかそう云うことではなく覚悟を決めればいいだけの話。

ところが不器用な私は死ぬ気にならないと何もできない。

例えば、介護の仕事だって、生活がヤバいっていう極限状態まで追い込まれて始めたことだからね。

 

 

そんな私は自分を大切にするということの意味がイマイチわからない。

蓮さんはもっと自分を大切にした方がいいと言われるが、何故そう言われるのかがしっくりこない。

私って自分のことが大好きで仕方がないのだが、それは自分を大切にしていることとは違うそうだ。

私は白黒、好き嫌いがハッキリしている。

その感覚を大事に生きているので、時には我が儘かも知れない。

それでこそ私だと思っているので、そこは直そうとしていない。

自分では自分を大切にしているつもりだった。

オープンマインドがダメなのか?

人を信じるところが無防備すぎるのか?

今の私にはわからない。

 

 

恨むことはないけれど、寂しい扱いしかされないこともある。

それは自分が自分に寂しい扱いをしていることになるそうだ。

果たしてそれは何なのだろう?

この手の話はあまり得意ではない。

所謂、考え方を変えて、引き寄せる人を変えて、人生を変えようみたいな話。

何故苦手かと云うと、たぶん四十年以上かけて培ってきたものに自信があるからだろう。

現状を維持することだって難しいんだから。

今更何かを変えるほど、もう若くない。

ね?暗くなるでしょう?

自分を貫く方が元気でいられると思うのは私だけだろうか?