昨日のことのように想い出される過去がある。
たまに夢に出てくることもあるから尚のこと。
それらは非常にリアリティがあり、まるで現実の模写をしているようである。
きっと私の潜在意識の中にしつこく居座っている記憶。
そんなに眩しかっただろうか。
確かに私は一途な想いを抱いていた。
富山県のブラック企業で派遣社員として働いていた私を陰で支えていたのは直属の上司への憧れ。
たぶん一目見た瞬間恋に堕ちた。
私の場合、一目惚れ、一耳惚れすることが多い。
彼は二人の子供がいる既婚者。
そして私のことを徹底的に叩いてくる上司の中の一人。
私には手の届かない存在だとわかっていながら、恋心は消えず。
しかし既婚者の上司というだけで、端から諦めていた。
私は寂しさ故、別の人と付き合うようになる。
四年間で一体どれだけの人と付き合ったかは覚えていない。
しかし心の中にはその上司がいつもいた。
かといって、誰にもその想いを伝えることはできなかった。
それなのに付き合っている彼氏にはバレた。
私の心の中には上司がいるということが伝わるらしい。
今だから正直に言うと、私が断固として拒否していた正社員登用の話を受けたのも、上司と離れ離れになることが嫌だったから。
上司と部下の関係でもいいから、傍にいたかった。
傍から見れば、私と上司は名コンビと呼ばれていた。
上司は私を利用することによって、出世の道を辿る。
派遣社員である私に重労働を任せ、部署は徹底的に売り上げを伸ばす。
私は只ただ上司に認められたい一心だった。
ことごとく降りかかる嫌がらせに加え、どこまで行っても低評価。
何度心が抉られ折れそうになったかわからない。
私はきっと嫌われているんだと思っていた。
実ることのない恋心を抱え、上司からは徹底的に叩かれて、何が楽しくて生きているのかわからなかった。
そんな私を支えてくれたものは村上龍の小説と勘違いの責任感。
この職場には私が必要なんだと思い込んでいた。
辞めるに辞めれなかった。
無論、上司と離れることがとてつもなく恐ろしかった。
かといって、大して好きでもない人と付き合うことも虚しく、孤独感が消えることは無かった。
ドアーズを聴きジムモリソンを盟友と呼び、村上龍の小説と酒で孤独感を紛らわせた。
上司への想いは増していく一方だった。
上司は誰もいない時はたまに私に優しかった。
幼少時代に両親からの虐待を受けて育った私は、ほんの僅かな愛情にすがってしまう傾向があった。
今となって考えてみれば、上司から虐待を受けていたことと何ら変わりはない。
それなのにたまに見せる優しさこそ本物なのだと頑固なまでに信じてしまっていた。
上司は私の前でコロコロと態度を変えた。
他の上司の前では私を徹底的に叩くが、誰もいない喫煙所で一緒になると本当は俺だって辛いんだ、みたいな弱音を吐いたりした。
そっくりそのまま上司の言葉を信じ、皆の前での上司は本当の姿ではないと言い聞かせて私は黙々と仕事に励んだ。
そんな私と上司は、なんとなく居て当たり前の存在になっていた。
この会社を辞めるか正社員になるか二択を目の前にした私は、結局上司を取った。
自己肯定感が半端なく低かった私は実らぬ恋の泥沼から抜け出せなかったのである。
正社員になってしばらくして、私は過労で倒れた。
それとほぼ同時期に唯一の味方だった祖父が亡くなった。
その頃から上司と話すことが多くなった。
私はここぞとばかりに、今までの屈辱の話をした。
そして派遣社員を人間扱いするように訴えた。
上司は長年この会社にいると人間性がどんどん変わっていくというようなことを私に言った。
その頃から、私はいつか辞めなければならないと悟った。
結局距離が縮まった私と上司は二年間誰にも言えない恋をした。
恋仲になった以上、会社という組織は必要の無いものとなった。
別れたのは奥さんにバレたから。
桜が満開の時だった。