nakanakadekinai's diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

ピュアな心を失わないこと

安行桜を見に行ってきた。

非常に寒く、悪寒なのかと思ったが帰宅後厚着をして暖房を焚いてパソコンに向かっていると寒さを感じなくなってきたので、風邪ではないとわかった。

治ったばかりの風邪が悪化したら阿呆らしいので、とにかく極限まで暖かくして過ごしている。

セーターの上にもう一枚羽織って、足にはモコモコ靴下を履いている。

プラス一枚増やすだけで、体感温度は全然違うものになる。

 

安行桜は確かに綺麗だった。

この時期にここまで咲いていることに先ず驚いた。

外に咲いている花のことなど気にもせず、ひたすら仕事ばかりしていたので正直言って桜などどうでもいいと思っていた。

しかし、実際にマジマジと見てみると、悪くなかった。

人混みだったと云うのが残念ではあるが、今年ももうそんな季節になろうとしているんだなと気付いた。

一番良かったことは写真が撮れたことだ。

まさか近所とはいえ安行桜が見られるとは思っていなかったので、寒かったけれど自宅を出て良かった。

桜だけではなく梅も咲いていた。

近くで見てみると、ジントニックか何かに入れたら美味そうだなと思ってしまった。

ライムの代わりになりそうだと。

桜なんてどうでもいいや、いや、桜どころではないと思っていた。

もっと謂うならば、桜のことなんて頭になかった。

テレビも殆ど観ないし、開花予報なども興味がなかった。

昔は桜が大好きで、仕事をサボってでも満開の桜は見逃さなかった。

その当時のことを想い出してしまった。

確か二十代後半、富山県に滞在していた頃だ。

富山の桜に比べれば、安行桜は大したことないけれど、せっかくなんだから見に行っておいでよ!って友人から以前言われたことも想い出した。

せっかく近所にあるんだからってね。

 

今回安行桜を見ている時、実はとてもお腹が空いていた。

そのせいもあって、堪能するとまでは行かなかった。

昔に比べて、桜を見ても心ときめかなくなっている自分が少し寂しかった。

これは桜に限ったことではないのではないかと考えると、歳を取ったせいなのかなぁとふと思った。

だけど安行桜を見に来ている殆どの人が家族連れ、若しくはお年寄だった。

歳は関係ないか。。。私の場合、なんだか冷めちゃったのかな。。。

しかし、音楽を聴けば感動するし、映画を観れば涙を流すこともある。

しばらく人に会っていないがときめくこともあるのだろうかとか、緊張したりすることもあるのだろうかとか、色々考えてしまった。

何が言いたいかって、たぶん頭の中が仕事だらけで、何か大切なものを忘れていたのではないかってこと。

それはどういうことかって云うと、小さなことにでも感動できるピュアな心っていう意味。

何でも簡単に手に入る世の中になってしまい、手に入れた時の感動が薄れてしまっているのだと思う。

ピュアな心が萎えてきているのも、大人になった証拠だとは思いたくない。

体力なのではないか、とも思う。

なんだか最近外に出ることがないから、ちょっと外出しただけで疲れてしまって感動を覚える余裕がないのかも知れない。

それにしても、やはりそんな自分を顧みて焦る。

このまま感性が衰えて行ったらどうしよう、みたいな。

仕事のことを考えるのも大事だし楽しいのだが、やはりとある人に言われたように、たまには仕事のことを忘れて好きなことやった方がいいのだろう。

でも仕事以外に好きなことって一体何なのだろう。

音楽かぁ。。。

いや、たぶん仕事しなくていい日があったとしたら、好きな飲み物飲みながら映画などの映像を観るだろう。

観たい映画も溜まっている。

とはいえ、なんだか仕事の一環みたいな感じがするよなぁ。

となると、やっぱりキャンプか。

土日が潰れるのは痛いが、たまにはキャンプでも行こうかな。

仕事のことが忘れられるわけじゃないんだけどね。

 

 

破壊から再生へ

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  • 作者:橋岡 蓮
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