橋岡蓮 ’s diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

誰のことも恨まないということ

ゴールデンウィークが終わり、静かな部屋で集中してこれを書いている。

私の耳には換気扇の音とキーボードをタイピングする音しか届かない。

やっと静寂が訪れた、そんな気分だ。

先程まで久々にルースターズを聴いていた。

英語が丸っきりわからない私としては、どんなに稚拙な内容でも日本語の歌詞の方が胸に響くものがあるな、などと感じた。

それなのに洋楽を聴くのは、歌詞などと云うものを超越したものがあるからだ。

それでも基本的には邦楽の方が好きなのだろうと改めて思った。

それにしてもこの静寂は心地が良い。

休日が嫌いだと言っているわけではないが、やはり私には静かにパソコンに向かう時間が必要なのだと思う。

お腹は空いているのだが、キーボードを叩き続けたい。

夜がやってくる前に、これを書き終わらせたい。

考えてみれば、先月はバイト探しで忙しく、ゴールデンウィークもあって、このような時間が作れるのは久々のことだからだ。

 

ところで、後悔しそうだなと思うものは手放してはならないと昔から思っていたし、あらゆるところでそれを書いてきた。

しかし、よくよく考えてみるとそうでもないような気がしてきた。

どんなに涙を流して後悔しても、手放さなければならないものはあるのではないだろうか。

それは、一回り自分を成長させたい時だ。

例えば、男と別れる時、その男のことが憎くて別れたことなどあるだろうか。

私の場合、自分から別れを告げるのに、いつも涙をボロボロ零しながらその人の元を去る。

結構未練たらしいので、自分から別れたクセに、いつまでもその人のことを心配していたりする。

そんなに心配するなら別れなきゃ良かったじゃん!そう言われることも多々あるが、それとこれとは別問題なのである。

 

私みたいなタイプは一つの場所に安住できるタイプではないのかも知れない。

この人だ!そう思ったら一直線に飛んでゆく。

かといって未練たらしいので、誤解を恐れず書くならば、たぶんどっちのことも好きなのだ。

しかし、自分をいつか開花させたいと思っている私は、残酷なようだけどしがらみを捨て、自分の人生のために前進することがある。

それは相手を嫌いになったとか恨んでいるとかそういうことではないのだ。

もっともっと具体的に書くならば、私はクソミソに旦那から言われ大喧嘩に至っても、決して恨んではいない。

それは愛情が僅かでも残っているからだろう。

愛しているなんて言ったことは無いが、常に旦那のメンタルを心配している。

だったら別れなければいいと思うかも知れないが、私は好きな人ができたらその人と一緒になるべきだと思っている。

勿論、その人にとって私と一緒にいることがプラスになるという前提での話だが。

ARB石橋凌みたいに、隠し子を作り、記者会見でどっちも愛しているなどと開き直ることは私にはできない。

申し訳ないし可哀想だと思うが、未来を切り拓くために私は新しい人生を選択せざるを得ないのだ。

だから正直に言うと、離婚しても未練タラタラと心配したりすることになるだろう。

今まで誰と付き合っても忘れられない人がいたように。

もっと謂うならば、皆が幸せになってくれれば私は心置きなく自分の幸せを追求できる。

 

つまり何が言いたいかと云うと、自分の幸せを追求するに当たって後悔は付き物であるということだ。

後悔を恐れていては前に進めない。

手放して後悔しそうだなと云うものがあったとしても、成長したいのであれば覚悟を決めなければならない。

最近、強くそのことを感じる。

とは云うものの、私ももう若くはないし、好きな人ができてもその人の子供を産んであげることもできない。

だから幸せにしてあげられる保証はない。

これからどんどん衰えて行く一方の私に一体何ができるのだろうか。

どんなに好きでも、幸せにしてあげられないのであれば、行ってはならない。

あぁ、一妻多夫制だったらいいのに。

それが認められたところで、誰も幸せにはならないのだけどね。

 

 

破壊から再生へ

破壊から再生へ

  • 作者:橋岡 蓮
  • 発売日: 2020/12/04
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)