橋岡蓮 ’s diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

生きる意味を追求すると

川口駅まで来たついでにランチでもと思ったのだが、アルコール提供していない店に入る気がしなかった。

しかし、生き残って欲しいと思っている店でノンアルのビールでも頂こうかと思いきや、閉店していた。
歩き疲れたし、一休みしたいと思って結局煙草が吸えるプラントという喫茶店のような店に入ってこれを書いている。
喉がカラカラに渇いていたので、久々のノンアルコールビールでも取り敢えず満足している自分が少し悔しい。
負けた気分だ。
しかし、煙草が吸えるのはありがたい。
勿論喫煙ブースがあるというだけなのだが、プラントはきっと私みたいな奴等にこれからも愛されることだろう。
寿司屋に入りたかったが、食欲よりも煙草を優先させた。
食の細い飲兵衛などは、昼飯は食べないというパターンが多いような気がする。
まぁ、腹の中がスカスカな状態で夕飯を食べるから却って太るというのもわかるのだが。
 
先日セカストという古着屋で試着していた時、自分の目を疑った。
なんともはやSサイズの服が着られないのだ。
身長百五十一センチしかない私にとっては致命的な話だ。
体重を測ってみたが、特に変化はない。
恐らく筋トレをサボっていることが、最大の原因かと思われる。
泣きたくなった。
それから、私はあまり食べなくなった。
三年前までX Sだったので、かなり肥えたことになる。
甘いものは一切食べないし、炭水化物もほどほどにしか摂っていない。
やはり酒による中年太りというヤツだろうか。
世の中が禁酒禁煙で居場所を失っているだけではなく、年齢的にも何かと控えなければならないと云うのだろうか。
このまま行くと、大好きなラーメンも食べられない。
最近世も末と思っている背景には、己の劣化も関係している。
世の中のせいだけではなく、私自身から自由というものが消えつつあるということだ。
若い頃は、飲んだ帰りにラーメン屋に寄ろうが、大して体型に変化はなかった。
やれやれ、本当に泣きたくなる。
大袈裟なことを言えば、何のために生きなければならないのかわからなくなってくる。
だって、私の幸せといえば友人と会話しながら、美味しいものを食べ、酒を飲むことにある。
アレもダメコレもダメとなると、本当に憂さ晴らしのために文章を書くようになる気がする。
ところが今の時代は本など一部の人にしか売れない。
だから生き延びるために仕事を探して働くのだが、働くことの意義すら見失ないそうになる。
 
ちょっと待てよ!
今まで私は生きることが楽しかった。
自分を最大限に楽しませるために、仕事も頑張ってきた。
ところが今になって生きることが退屈に感じるなんて、一体全体どうなってしまったというんだ。
都会は便利だけど田舎の方が住み易いとか、村社会に入るのは気が引けるとか、仕事のこととか色々考え始めている。
ただ、私は地方に住んでいた頃、県外者である疎外感をずっと抱いていた。
働けば給料で生活することは可能だが、友達というものに恵まれなかった。
これから世の中がどう変わって行くのか不明だが、私の居場所探しの旅は終わっていないんだなということは認識している。
もしかしたらあと二十年以上生きてしまうかも知れない。
コロナ禍になって、都会も田舎も一長一短だよなと考えてしまった。
かといって北海道も対策対象地域になっているのだから、一概に言えないよな。
いつの日か、自由という言葉は死語になるのだろうか。
私が時代に合わせるべきなのだろうが、なんだかなぁ。
嫌な時代になってしまったものだ。
それを感じているのは、私のみならず殆どの人だとは思うが。
 
ところで今日土曜日は、新宿の文化センターで行われるセミナーでとある人からご招待させて頂き、講演会に参加させて頂く。
私如きが講演会なんて初めてのことなので、めちゃくちゃ緊張している。
その緊張感がいい方向に向かってくれることを祈る。
私の著書の説明をさせてもらうのだ。
人数制限もあるとのことで大々的に紹介しなかったが、頑張って来ようと思っているので、見守っていて欲しい。
 

 

破壊から再生へ

破壊から再生へ

  • 作者:橋岡 蓮
  • 発売日: 2020/12/04
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)