昨夜はビール飲んだら睡魔に襲われて、ソファーに横になったらそのまま爆睡。
結局書けなかったので、朝急いでこれを書いている。
いつも通り五時に起きられれば良かったのだが、バイトはお休みなのでゆっくり寝ていた。
何やら、旦那に出掛けたいと言われている。
銭湯へ行こうと云うことだ。
マジかよ、私、今日は一日仕事をすると決めていたのに。
「パソコン持って行けばいいじゃん!」
そういう問題じゃないんだよな~。
ゆっくり風呂など入っている時間的余裕も精神的余裕もないんだっつーの。
とりあえず、急いで書いてしまおう。
ところで、私って毅然さを持っているのだが、もしかしたら足りないのではないかと気づいてしまった。
「毅然」とは、自分の信念を貫くしっかりした態度で臨む様子。
自分の信念は頑なに貫いているが、もっともっと毅然でいい。
毅然としていないから、上から目線でものを言われたり、いちいち細かい指摘をされたり、皮肉を言われたりするのかも知れない。
要は、「隙」があるのかも知れない。
自分の信念のもとで堂々と書いているなら、何を言われようが堂々としていればいいのだ。
言われる度に真に受けて動揺するからいけないのだ。
毅然としていればいいじゃないか。
私は形や場所は変えても、約六年間毎日こうして文章を書いている。
一時は、コメント欄がご指摘の嵐だったこともある。
そういう時、コメント返しで何故かひたすら謝っていた。
しかし、今となって考えたら毅然としていれば良かったと思う。
もっと私がしっかりしていれば、きっと平和だったはず。
そんなことを想い出してしまった。
つまり、これからの私はもっと毅然としていようと云うことだ。
世の中には色んな人がいるから、考え方だって千差万別。
とある人には好評な記事も、とある人には不評だったなんてザラ。
そんなことをいちいち気にしていたら、神経が持たない。
自分の本心を書いたのだから、自信を持って堂々としていればいい。
そんな当たり前のことに、今更気付いた。
傷付きやすい性格は直らないかも知れない。
何かご指摘を戴く度に凹むかも知れない。
だけど、いちいちそれを表に出さず、自分の中で処理できるようになりたい。
今までの私はそれを表に出して来たから中には反感を持つ人がいたのかも知れない。
それは、自分に正直になることを止めたのとは違う。
一回り、大人になるということかなぁ。
腹の中では「うるせぇ!」と思っていても、わざわざ「うるせぇ!」と書かないで自己処理すると云うことだ。
毅然さとは、簡単なようで難しいことだ。
自分の信念は貫きつつも、柔軟さは捨ててはならない。
頑固になってはならない。
人の意見も参考にするしなやかさを持ちつつ、毅然であること。
それが大切なのではないかと思う。
さっきまで晴れていたのに土砂降りだ。
こりゃ、銭湯は中止かな?