弟に会うチャンス到来!!
さすが、私の母さんだ。
とう云うのも、空港に着いてから電話が掛かってきた。
「あのね、蓮の写真を添付して会いたがっているとメールしたのよ!」
「なんて言ってた?」
「いきなり久々に会うのも何なんで、今度母さんが東京に来た時に皆で会いましょう、ってことよ!」
「あ、そうなんだ!会いたくないとは言わなかったのね!」
「うん、たぶん来年また来るから、その時蓮の旦那さんも一緒に食事しましょうよ!」
「だね」
この二日間、母さんは私の写真をやたら撮っていた。
自分用かと思いきや、弟に送るために撮っていたんだ。
私から細かいことをごちゃごちゃ言わなくても、私の気持ちは察してくれたのね。
それなら一安心。
旦那にもその旨を報告し、喜んでいたので私としては何よりだ。
だってさ、弟は北千住、私は草加。
すぐ隣じゃないの。
一度も会わないことが不自然なのだ。
大事な話ができなかったと悔やんでいた自分が少し恥ずかしくなった。
やっぱ大人だから、ちゃんと察してくれていたんだなと思った。
本当に安堵して、『愛のうた』などを聴いて泣いたりしていた。
そんなこんなしていたら、パン屋の主任からLINEが来た。
どうやら私が値引き商品を通常価格で店頭に出してしまったらしい。
わざわざLINEしてくることないのに、と思いながらなんだかモヤモヤしていた。
良いこともあれば悪いこともあるもんだ。
休み明けバイトに行ったら、全部私のせいにされたもんな。
やれやれ。
それにしても、私は偉業を成し遂げた。
四十年間の確執がある疎遠だった母さんと和解し、クセのある旦那と意気投合させ、偉くない?
さすが、私でしょう。
お世話になっている社長が言っていたけど、一皮も二皮も剥けたって。
急成長したと。
自分ではそんな感覚は無いのだけど、そういうものなのかなぁ~と思って嬉しかった。
にしても、パン屋は行くのが憂鬱だ。
行けばなんでも私のせいにされる。
しかし、こういうことが修行なのだと思っているから耐えられる。
こうして日々しごかれていると、一歩一歩運命に辿り着ける気がしてならない。
運命の仕事に辿り着ける人は、もしかしたら一握りかも知れない。
運命の分かれ道は、目の前にある仕事に対して誠心誠意取り組んだかどうかだと思う。
差し出された仕事に文句を言わず、体当たりで完全燃焼することだ。
そうこうしているうちに、舞い降りてくるものだと思っている。
私がたった二万円で上京したのち、「書く」という運命に出会えたように。
「書く」という運命があったから、両親とも再会できたのかも知れない。
もしくは「書く」と云いう運命があったが故に十年間疎遠だったのかも知れない。
今いる友達は、皆、私が文章を書くことを通じて出会った人々である。
「書く」ことによって失ったものも多々あるが、得たものの方が多い。
その背景には、体当たりで労働してきたことがある。
旦那とは二日間を終えて、振り返ってあーでもないこーでもない言う時間ができた。
母さんに伝えといてと言われたことなどを話した。
母さんは旦那のことをとてもいい人だと言っていた。
私の立場からするとそれは何よりなのだが、もうね、金に困って無かったらバイトなんて辞めたいよ!
でもなぁ~、運命に遭遇するには泣き言言わず、体当たりするしかないもんな。
二連休があって母さんと時を過ごして、すっかり現実のことを忘れていたけど、厳しいねぇ。
自分の運命と遭遇するために頑張るのだ!
それしかない!
そう思って労働を頑張るしかない。
誰もが運命の仕事に出会いたくてもがいている。
出会う人と出会えない人がいるのは何故だろうか。
ずっとくすぶっている人と、開花していく人がいる。
私ごときが偉そうなことは言えないが、今回私が母さんとの和解と再会に成功したことにもヒントがあるのではないだろうか。
一言で言えば、素直になることだと思う。
これ、大事なことだが、難しいこと。
もう一つ付け加えるならば、阿呆になることかも知れない。
そうすることで潤滑に回ることもあるよね。