橋岡蓮 ’s diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

思慮深くなれ

自宅で長時間仕事に集中できるように、近所のホームセンターで座椅子を買った。

めちゃくちゃ重たかったのだが、店員さんに紐で結んでもらって、なんとか持ち帰ってきた。

結論から言うと、非常に座り心地が良い。

日中は珈琲、夜はビールがあれば最高だ。

これなら何時間でもパソコンに向かっていることができるだろう。

割と、物もしっかりしていて、長持ちしそうだ。

実に良い買い物をした。

しかし、何かが欠けていた。

 

 

恐らくそれは、ポッカリ心に穴が空いた感じなんだろうな。

あんなに嫌で家を出たのに、もぬけの殻のようになっている。

ガス欠状態。

結局愛されていなかったんだな、という虚無感。

だけど、そう思うのであれば本当にぶった斬るしかないだろう。

当然、追いかけては来ないとは思っていたけれど、ここまでだとはね。

まぁ、私の中から抹消するしかない。

私から別れたのに、なぜ心配したりしなければならないのか。

それは、私の心の中に孤独があるからだろう。

寂しいのとも違う。

何かがすっぽりと抜け落ちたような、そんな感覚。

まだ別れたばかりだから仕方がないのかな。

完全に記憶から消えて、たまに思い出す程度になるには時間が掛かりそうだ。

これは未練じゃない。

本当に愛されていなかったことに対する失望だ。

この人は私がいないとダメだとか思っていた自分が恥ずかしくなる。

ダメ男とは、人を愛することができないからダメ男なのだ。

それなのに、ダメ女は、母性本能とやらをかましてダメ男に騙されてしまう。

私達はその典型だったのだと改めて痛感する。

私もなかなかのダメ女だったわけだ。

別れたあとに、相手のこと心配するっておかしくない?

そんなに心配ならこんな別れ方はしなければいいのに。

 

 

とはいえ、こうすることしかできなかったのが私。

なぜなら話し合いに応じてくれない人だったからだ。

こうやって分析すると、自責の念は軽減されるのだが。

そう、これ以外の方法は探しても探しても見つからない。

それなら自分を責めたりする必要はない。

最初から間違いだった結婚。

お互いに我慢してなんとか三年半持ったものの、やはり限界だったんだよな。

ここで終わる運命だったのだ。

 

 

なぜ寂しいのかは明確だ。

なぜ心に穴が空いたようになったかも明確だ。

私のことを全くわかっていなかったからだ。

 

 

「思慮深くなれ」

 

 

そう言われたが、ここまで来るのにどれほど考えたことか。

考えた軌跡は全て、SNS上にアップされているんだぞ。

読めば、どれほど私が悩んできたかわかるのに。

きっと怖くて読めないのだろう。

自分で考えている以上に私を悩ませ苦しめたということがわかるはずだ。

でももういい。

私はぶった斬るしかない。

前しか見ない。

だって、もう私達はお互いに何もしてあげられないのだから。

これっぽっちも。

終わったのだから。

この三年半は一体何だったのだろうか。

無論、少しでも私のことを理解してくれていたら、極端な行動は取らなかっただろうに。

 

 

落胆。

 

 

本当に何も見てくれていなかったのだなと。

それはお互い様かも知れないけれど、やはり間違った結婚だったという事実だけが残った。

自立した蓮ちゃんが好き?

本当はこれは嘘だ。

生活費を全額払いたくないだけだ。

そもそも「自立」という言葉は暴力である。

独立精神旺盛な人間に対して、「自立しろ」と言うのは強迫でもある。

じゃあ結婚などするなという話だ。

自立した女性に恋していれば、それでいいじゃん。

どうせ男ができたんだろ?とか、誰かに騙されているんだろ?とか、私のことを見下している証拠。

ほらね、私のことを何も知らないまま終わった。

きっとそんなこともどうでもいいのだろう。

それについて寂しい気持ちにもならないのだろう。

思慮が浅いのはどっちなのだろうか。