橋岡蓮 ’s diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

寂しさは一部分

栄養を摂ろうと思って、夜ご飯は真鯛の刺身と目玉焼きにした。

なんという贅沢。

とはいうものの、真鯛の刺身は四百円だったのだが、物が良かった。

ビールも冷凍庫で三十分ほど冷やしたら、そこそこ美味いビールになった。

日中は打ち合わせで、上野にいた。

私的には、実に楽しい打ち合わせができた。

ランチに食べたパスタも美味だった。

中身のある打ち合わせと、栄養のあるものを食べられたことで、アパートで一人充実感に満たされている。

これで赤ワインがあれば最高だったのに。

 

 

元々、私は白ワインが好きだったのだが、なぜか引越ししてから赤ワインを飲むようになった。

一本六百円程度の赤ワインを三日間かけて飲むのだから、経済的でもある。

昔は一日一本四百円ほどの白ワインを毎日飲んで、泥酔して寝ていた。

赤ワインにハマっていたのは、二十代後半の頃である。

ブルーチーズと赤ワインと小説の三点セットが私の大きな支えだった。

肉体労働の後、アパートに帰って飲む赤ワインは最強だった。

ブルーチーズがあれば夕飯も要らなかった。

当時よく読んでいたのは村上龍中上健次

太宰治を読み始めたのも丁度その頃だった。

とにかく本があれば、友達など要らなかった。

そう強がっていた。

付き合っていた人はいたりいなかったりだが、何より赤ワインを飲みながら小説を読むことがこの上ない幸せだった。

その当時が今の私を形成していると言っても過言ではない。

まさか、自分で小説を書くようになるとは思ってもみなかったが。

 

 

三十代は前半は良かった。

二十代後半の延長線上で、酒を飲みながら本を読むという習慣が残っていた。

ところが三十代後半は、酒に溺れていた。

ススキノのクラブで働いていたのだが、店で酒を飲むにもかかわらず、仕事が終わってからフラフラと飲みに出歩いて、ひっくり返るほど泥酔するまで飲んでいた。

千葉に引っ越してからも同様で、懲りずにまたクラブで働きながら、朝まで飲み明かしていた。

結婚しても酒の量は減らなかった。

一時期は炭水化物と日本酒で激太りしたこともあった。

それでも酒はやめられなかった。

 

 

ところが、今こうして離婚を経て、一人で暮らしているとあまり酒が飲みたいと思わなくなった。

緊張をほぐす必要がなくなったのと、酒を飲まなくても十分すぎるほど眠れることがわかったからかも知れない。

色々片付いて落ち着いたのもあるのだろう。

全く飲まないのもつまらないけれども、少しずつまともになって行く感覚も悪くない。

ましてや、酒をほとんど飲まずに寝ると目覚めが良いのだ。

当たり前のことだが、何でもほどほどだ。

今までよほど精神が病んでいたのだろう。

すさんでいたもんな。

 

 

上野で打ち合わせしている最中に、写真フォルダを開く機会があった。

するとそこにはキャンプの写真がズラズラと並んでいた。

それを見て、若干心が痛んだ。

しかし、こうして静かな部屋に一人文章を書いていると、本当にこれで良かったんだと思える。

数少ない友達とも、気付けば少しずつ距離が縮まっているような感覚も覚える。

こうやって、友達や読んでくれている読者の方を大切にしながら独立自尊で生きて行くのだろう。

たまにちょっぴり寂しいのは性格なので仕方がない。

体質みたいなものだ。

仮に誰かと一緒にいたって訪れてしまうのが何気ない寂しさ。

それは相手が悪いとかそういうことではない。

寂しさとは私の一部分として生息し続けるものなのだろう。

つまり、共存していかなければならないということだ。

ただ、私はそんな自分のことが決して嫌いではない。

他人様からすれば信じがたいようなことも、私の一部。

誰も愛してくれないのなら、私自身が愛するしかないって話。

がむしゃらに生きたいけれど、マイペースで。

それでもたぶん私は大丈夫。

日に日に、心の穴が埋まっているのがわかる。

やはり、時間薬が一番だ。

寝て起きる、飯を食う。

それだけを繰り返しているだけでいいのさ。