橋岡蓮 ’s diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

直球で一途

真夜中に、ずっと校正をしていた。

時間が幾らあっても足りないのだが、まさに今日〆切りなので寝ずに校正しているのだ。

一から見直すと、修正箇所がゴロゴロ出てくる。

それに気づいてしまった私は、デザイナーさんに提出するまでパソコンから離れられない。

呑気に寝ている場合でもない。

これは校正が終わるまで寝られないと判断した。

一日くらい寝不足でも死ぬことはない。

最終日くらいとことん集中しないでどうする。

だから、こんな時間まで起きてこれを書いているのだ。

お陰様で、『ロックンローラー』の編集作業は終わった。

あとは、より良い作品に仕上げるために、校正しながら描写を加えて行こうと思っている。

 

 

気づいたら、煙草のことも忘れていた。

慌てて一服して、再びパソコンに向かっている。

実はもう既に書いた文章があった。

面白いかな?と思って半分悪ノリで書いたのだが、これをアップすることで友達を数人失うかも知れないという妙な不安に襲われた。

一度寝かせて吟味してみると、恥ずかしくなってアップするのをやめた。

だからもう時間も限られているのだが、一旦校正の手を止めて、大急ぎで書き直しているというわけだ。

女性からは笑ってもらえたかも知れないが、男性からはドン引きされそうで。

こう見えて気が弱いもんで、封印したのだ。

挑発的な文章は避けた方が良いと判断したのだ。

私ごときが偉そうなことを書いても、反感を食らうだけだ。

何を書いていたかというと、私だったら男性からこのようにアプローチされたら嬉しいなという話だ。

 

「直球で一途」

 

しかし、世の女性の多くがそれを望んでいるとは限らず、何の参考にもなっていないというアドバイスの元、考え直したのだ。

私はなぜ結婚してしまったかというと、元旦那は迷いもせず直球だったからだ。

それが裏目に出て離婚に繋がったのかも知れないが、私の場合は直球に弱いということだ。

もっと言うならば、断れない性格と鈍感さが相俟って、回りくどいと脈がないのだと勘違いして終わってしまう。

しかし、今の時代、直球は流行らないらしい。

あくまでもさり気ない優しさや愛情を積み重ね、相手が愛されているのかもと気づくのを待ってあげるくらいじゃないとダメだそうだ。

そこで、私は京都に住む友人に関西流のアプローチの仕方を訊いてみた。

すると、返ってきた答えは「直球勝負」だった。

なんと、まぁ。

関東流と関西流で真逆だったのだ。

これは面白いと思って、書いてみたというだけの話。

それを私らしく悪ふざけしすぎたので、ちょっと控え目に書いている。

 

 

最近感じることは、無責任は困るけど、責任感のみで繋がる関係はどうなのだろうかということ。

お馬鹿な私からすると、白か黒、好きか嫌いか、でしか考えられない。

ただ、男女関係に限らず、仲良くなるプロセスを楽しむくらいの余裕があってもいいのではないか。

そう考えると、やはり私は極端だ。

とある友人曰く、もういい歳なんだから、とのことだ。

ゆったり行けばいいじゃないかと。

確かにそうだよな~とも思うのだが、はっきりしないとはっきりさせたくなってしまう。

呑気な面もあるが、せっかちなのかも知れない。

一番苦手なのは、あの人もいいけどこの人もいいというタイプ。

人と競い合うことは、私の中にある劣等感に打撃を与えるので避けたい。

できることなら一途な人。

そういう人がいないなら、一人の方がマシだと思ってしまう。

 

「直球で一途」

 

一瞬聞こえはいいが、単にせっかちなのかも知れない。

仮に誰かの恋愛相談に乗ることがあるとすればなんて答えようか。

関東流で行くべきか、関西流で行くべきか。

私の極端な考えはあまり参考にならないかも知れない。

回りくどいより、直球の方がダイレクトに気持ちは伝わると思うのだが。