橋岡蓮 ’s diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

夢中になれること一つ

それにしても外は雨で、寒い。

ファンヒーターを付けながら、パソコンに向かって座っている。

スカッとビールでも飲んだ方がいいのかも知れないが、我慢してみよう。

今、私の頭の中は、混乱と安堵が入り混じったようで、変な気分だ。

この妙に変な気分を解消するためにはどうすればいいのか考えているのだが、書くしかないだろう。

ただ、私の中にも正直に書けないことくらいあるのだ。

いくら恥もプライドも女も守りも捨てたとはいえ、相手がある場合は正直に書くわけにはいかないのである。

このモヤモヤは誰かに話をしないと解消しないとは思うが、私も大人なので自分の中に留めておくことにしよう。

 

 

最近、若い人もいいけれど、やはり相手の大人対応に救われることが多々ある。

例えば、私から誘っておいて、都合が悪くなった時などがそうだ。

嫌な顔一つせずに「わかったよ」などと言われると、流石大人だな、などと思うことができる。

そう考えると、私の周りには変な大人がいないことに気づく。

短気やワガママ、そのような人とは綺麗に縁を切ることができたような気がする。

そんな彼ら彼女らを見ていると、私も寛大で律儀な大人にならねばならぬという気持ちになる。

要は、見習いたいと思うわけだ。

私より数倍気が利く人や、準備万端な人や、心が広い人。

あ、私って密かに守られているんだなと思うわけだ。

 

 

もうこの歳になると、人間は外見を磨くことも大事だが、それ以上に立派な人間になる必要があるなどと考える。

ところが私は、自慢じゃないがクズの代表みたいな女だ。

あくせく働いているわけでもないのに自由に酒を飲み、ふらふら遊んで、好きなだけ寝ている。

かといって、世の中の労働者や会社員を決して馬鹿にしているわけではない。

今までは、嫌というほど労働をしてきた。

ただ、あまりにもしんどく、人並みにも仕事ができなかっただけの話。

だったら得意分野を伸ばす以外に生きる術はないと思って、今の生活に至った。

タイピングが得意だからといってタイピングの仕事に就けるわけでもなく、書くことが好きだからといってそれなりの専門職に就けるわけでもない。

それでも卑屈になったりせず、悲観的にもならず、自分にしかできないことをただひたすら追求している。

じゃあそんな私の得意分野は何かというのが問題だ。

チンタラ生きることについては、先日書いた。

私にできることと言えば、自己信頼し、可能性を信じ、希望を捨てないということだ。

それは、簡単なようで簡単じゃない。

なぜなら、この境地に至るまで、その辺の人が体験していないようないばらの道を歩んできたからだ。

それは苦労でもないし、努力でもない。

自分の欲望に対して、愚直に生きてきただけの話である。

勿論、そこには様々な弊害やリスクが伴う。

それらを徹底的にクリアしてきたからこそ、のんべんだらりと生きることができているというだけの話。

とはいえ、『ロックンローラー』の制作は大変だったけどね。

結局、好きなことを仕事にするには、それなりのリスクを負う必要があるが、そのリスクを背負えるかどうかだけではないだろうか。

リスクを背負う覚悟さえ決まれば、世の中で言われているような努力をしなくても、夢中にさえなれればそれでいいというのが私の考えだ。

夢中になれるものさえ見つかれば、それをとことんやればいい。

器用な人間に限って、あれもこれもできるから、一つのことに夢中になれないのかも知れない。

私にとってのリスクとは、貧困覚悟、恥を晒す覚悟、人前に出る覚悟だ。

人前に出るというのは有名になるということではない。

何もかも脱ぎ捨てて、他人様に見てもらうことに腹を括るということだ。

そこまでリスクを負えれば、好き勝手生きればいい。

私が背中を見せてやろうと思っている。