橋岡蓮 ’s diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

パンチを効かせて

クソ暑いので、ムシャクシャしている。

デスクトップパソコンを立ち上げてもいいのだが、手っ取り早く携帯電話でミッシェルガンエレファントを聴いている。

さっきまでマッシヴアタックを聴いていたのだが、家にいる自分に腹が立ってきて、飲みに行きたくなったので止めた。

私は辛党なので、めちゃくちゃ辛いものを食べながらキンキンに冷えたビールが飲みたい。

温いビールは飲まない方がマシ。

エアコンをあれこれ調整して、やっと部屋の中が涼しくなってきたところである。

先日麻婆豆腐を作ったのだが、あいにくビールがなかった。

仕方がないからトリスハイボールを最大限冷やして、それと一緒に食べたのだが美味すぎてヤバかった。

ただちょっとひき肉を入れ過ぎたかも知れない。

ネギが足りなかったかも知れない。

山椒が必要だったかも知れない。

 

 

てか、我が家はさほど広くないので一台のエアコンで二部屋が快適である。

冬はリビングはめちゃくちゃ寒いのだが、夏は仕事部屋のエアコンの風が届く。

まだ外は三十度あるとパソコンのモニターには表示されている。

梅雨が明けていないので、湿度が高いとのこと。

氷が無いけど、コンビニに買いに行く気が失せる。

冷凍庫で氷を作ればいいのだが、そういうところは太っ腹な私。

 

 

暑いからあまり湿っぽいことは書きたくない。

かといってサラサラヘアみたいな投稿にもしたくない。

麻婆豆腐の山椒みたいにパンチを効かせたいのだが、そう上手くも行かない。

この週末は、人に会う用事があったりと出たり入ったりである。

以前、私がSNSでこういうことを言ったらボロカス叩かれたことがある。

 

「私の日々の投稿もコメントのお返しも、全ては作品である」

 

いやいや、今となってはなぜあんなに叩かれたのかわからない。

作品でしょ?

無料で公にして、無料媒体を使って、無料で交流してるだけであって作品であることに変わりはない。

大したことは書いていないけれど、昔も今も変わらない。

だから私は自分が書いたものを絶対に消さない。

非公開にしたり、限定公開にしたりはするけれども絶対に消さない。

勿論駄作でも、誤字脱字だらけでも、日本語間違っていてもだ。

たまに誤字脱字を指摘されることもあるのだが、よほどでない限りあまり直さない。

それもそれで、一つの完成形だからだ。

次回から気をつけよう、それでいい。

編集に編集を重ねて、いい格好したりはしないんだな。

その日の最大限の実力であり、ミスすら作品にしてしまうという図々しさ。

 

 

ただし指摘してくださった方にはめちゃくちゃ感謝している。

何故なら私はあまり難しい漢字など知らないからだ。

それなのに本を書いている。

つまり、私の本は中学生でも読める本であるということが言える。

ただし、深い部分まで読み込んでくれる人はやはり年配の方かも知れない。

先日発売した小説『ロックンローラー』にしても自伝的エッセイ『破壊から再生へ』にしてもそうだ。

ある程度人生経験を積んだ人が、主人公に共感し愛してくれる。

勿論、若い人で理解を示してくれる稀な人もいる。

ぶっちゃけ、『破壊から再生へ』は自己肯定がなかなかできないという十代の読者も共感してくれた。

自分を好きになれないという人が、人生の教科書として『破壊から再生へ』を愛読してくれている。

この本もそう、『ロックンローラー』もそうだが、「敢えて」難しい漢字は使っていない。

とはいえ、簡単な漢字すら間違えているかも知れないが開き直る。

 

「ミスも作品」

 

蓮さんらしいと言えば、丸く収まってしまうから怖い。

世の中にいる多くの人は、知識人ぶって、賢いフリをして、偉そうにしている。

誤字脱字があるのはヌードになるより怖いと言ったこともある。

だけど、全ては愛嬌のある作品としてしまえばオッケーなのではないか?

山椒みたいなパンチ効かせた投稿が書きたかったのだが、いつものノリになってしまった。

暑さのせいかも。