nakanakadekinai's diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

本当は器用かも

先日、私は不器用だと書いたが、よくよく考えるとあながちそうでもないような気がしてきた。

不器用な人間は、自分の思っていることを口にできないそうだ。

私は文章で、毎日毎日ベラベラと心の中を綴っている。

それって不器用な人間のやることか?

え?もしかして私って器用なのか?

よくわからなくなってきた。

確かに私はそこら辺の女とは違って、思わせぶりな態度を取って相手の出方を窺うような真似はしない。

自分からアクションを起こせるし、自分の口からきっちり伝えるべきことは伝えられる。

勿論、真剣に相手の話も聴けるし、コミュニケーションは取れる。

てことは、やっぱ不器用じゃないじゃん。

解り易い例を挙げるならば、好きな人に好きだと言えない人が不器用なのかも知れない。

私は、言えるしね。

喜怒哀楽も表現できる。

ただ強いて言えば、怒りを表現するのは苦手。

文章では書けても、面と向かって

 

「アンタ、最低!!!」

 

みたいなことは言わない。

静かに傾聴しながら、心の中でつぶやく。

 

「コイツ、無いな」

 

てね。

そしてどうするかというと、相手の悪いと思うところを一切言わずに距離を置いてしまう最低な女。

あまりにも酷い場合、メールやLINEも返信しない。

そして、タイミングを見計らってもう会わない旨を伝えて終わる。

怖いか?

はたまた、普通か?

相手の悪いところを説明しているうちは、まだ変わって欲しいと期待しているように思える。

何度許しても相手が変わらない場合、私はシャッターを下ろす。

その代わり、この人とは付き合って行きたいと思えば、相手の良いところを褒める。

照れたりせず、臆することなく褒める。

それができるということは、やはり不器用とは言えないかも知れない。

 

 

いつか誰かと話をしていた時にこう訊かれたことがある。

 

「人間関係で悩みはないですか?」

 

私はあっさりとこう答えた。

 

「一切ありません」

 

何故なら、苦手な人とは付き合わないからだ。

よく友達に言われることがある。

相手のことを俯瞰的に見ることができないヤツは、人付き合いができないと。

人間は物ではないし、自分だけの存在ではない。

それをはき違えると、独占欲や嫉妬心に変わってしまう。

かく言う私も好きな人には妬いてしまう。

私だけの存在でいて欲しいと願ってしまう。

その度に、あぁ、私って未熟だなと反省する次第だ。

ただ、私の数倍文章が上手い人や出世している人に嫉妬することはない。

だから、どんな職場へ行っても人間関係で苦労することはあまりない。

意地悪なオバサンがいても、いじめられていることに気がつかないくらいだ。

文章の世界では、私より遥かに上の人が五万といるが、私にしかできないことだってあるので、そこも嫉妬しない。

情けないかな、好きになった人の元カノとか元嫁とか、目には見えない存在に一種の恐怖を覚えるため嫉妬するようだ。

一度目にしたものに対しては、不思議なことに嫉妬しない。

 

 

そう考えると、人間の中にある生き辛さを私はあまり抱えていないのかも知れない。

苦しんでいる人が大勢いる中で、私は不器用だなどとぬけぬけと言えたもんだと思い、反省の意を込めてこの投稿を書いている。

たぶん自分で思っている以上に、楽に生きる術を身に付けているような気がしてならない。

人見知りしないというのも大きな特徴だ。

新しい職場にすぐ馴染めるのは、人見知りしていない証拠。

以前はよくストレスから来る体調不良に悩んでいたが、最近はない。

これといった悩みもない。

根っからの能天気なので、憂うこともない。

ただ馬鹿正直に生きているがゆえ、あっちにぶつかり、こっちにぶつかりしているだけ。

しかし、それを腹の底では楽しんでいる自分がいる。

崖っぷちの生活を送っている割には、悲壮感が漂わない。

時にそんな自分を顧みて、不思議な女だよな、などと思って苦笑している。