橋岡蓮 ’s diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

移りゆくステージ

あれ?

疲労感がいつもの半分くらい。

あんなに暑かったのに。

もしかして、私って慣れてきたのか?

決して手を抜いたわけではない。

朝から送迎に出掛け、うろ覚えの道を運転し、車椅子を送迎車に乗せ、病院に着いたら即行で入浴介助。

左半身麻痺の利用者さんなので、服を脱がせるのも一苦労。

浴槽に入れるまでが大変なのだ。

シャンプーして身体を洗うのは誰でもできるのだが、今度は浴槽から車椅子に移動させ、服を着させるのが大変。

結局規定では一人三十分以内ということなのだが、一時間掛かって完了。

しかし、これまでの流れを一人でなんとかこなすことができた。

きっと先輩の教え方が上手なのだろう。

教えるスピードが速すぎると文句の一つも言わなくて良かった。

私だってやればできるじゃん。

二人目の利用者さんは百キロ近い体重がある。

これまた服を脱がせて浴槽に入れたり出したりするのが大変なのだが、今度は三十分でクリア。

 

 

他所様ができることは、きっと私にだってできる。

まだ不慣れなだけで、必ずできるようになる。

これは介護職に関してだけのことではない。

全ての事柄に於いて言えることなのではないだろうか。

そんなことをめちゃくちゃ真剣に考えながら、スーパーで買った重たい荷物を背負って帰宅した。

薄暗くなった道をてくてく歩いていると、もっと気楽にやればいいのにと思った。

まぁそれができないのが私なのだが。

何故なら目の前にあることを一生懸命やれと言ったろ?

次に繋がる可能性が大きいことは、張り切ってやる。

今の職場は初心者には易しいシフト。

だが、生活のことを考えると、正直言って足りないんだよな。

いっそのこと正社員で働くことすら考えてしまう。

いい意味で今の職場で身に付けたら、いずれはもっと稼げる職場に移りたい。

このご時世、介護職の募集で溢れているらしい。

地方に行けば、尚更そうみたいだ。

色々考えさせられるが、今の職場で経験を積みながら執筆活動するのがいいのかも知れない。

でも、もうちょっとシフトは多く入れてもらいたいよなぁ。

私が一人前になったら、話は変わってくるのだろうか。

あと先考えず、目の前のことを一生懸命やろう。

車椅子の操縦に慣れてきた頃、新しいステージが見えてくるだろう。

 

 

他所様にできることは私にだってできる。

言い換えれば、私の悩みは他所様の悩みでもある。

悩みなんて大してないんだけど、心患うことはあるわけで。

それって悩みとは言わないはず。

ただ、胸がズキズキと痛むことくらいあるのだ。

それは至ってハッピーな悩みかも知れないけどね。

介護職での送迎中、荒川が綺麗だった。

この川はどこから流れてきて東京湾に繋がっているのだろうかと考えた。

きっと山の方から始まって、大きな川となっているのだろう。

もう少し走るとスカイツリーが見えた。

あぁ、ここは東京なんだ、そう思った。

私にとって東京って何なんだろう、そこまで考えてしまった。

とにかくデカい街。

だけど私は本当にこの街を必要としているのだろうか。

関東に来て、およそ八年経つ。

東京はデカすぎて、東京タワーを眺めることもできなかった。

大都会東京に浮かれるでもない、俯瞰的に見られるようになったら、旅立ちの時かも知れない。

その日はいつか必ず来ると思うから、身に付けられるものは身に付けたい。

恐らく、介護職はきっと辞めないだろう。

私がどこへ行ってもだ。

もっと言うならば、東京じゃなきゃできない仕事ではないはずだ。

つまり、身に付けば地方で経験を活かせるはずだ。

独立自尊を捨てても、自立は捨てていない。

仮にいい人が現れても、私は働こうと思っている。

金のためだけではない。

私が私らしくいるために必要なこと。

ただ、文章はどこへ行こうが何していようが書き続ける。

それを捨てたら私じゃなくなるからだ。