橋岡蓮 ’s diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

準備して、いざ頂上へ

休みの日は頭の中までオフなんかい?

とろろぶっかけ豆腐そうめんを食べながらビールを飲んだら眠たくなってきた。

仕方がないから赤ワインを注ぎ、ルーリードの『トランスフォーマー』を聴いている。

特に何かしたわけではないのに、なんだかグッタリしている。

何もしないからグッタリしているのかも知れない。

私かて、毎日エンジン全開ではないのだ。

先ほどコンビニへ行ったら、急に思い立って小さなノートを買った。

 

「そうだ、利用者さんリストを作ろう!」

 

そんなことを閃いたのだ。

我ながら名案だと思った。

仕事内容を書くのではない。

それぞれの特徴や聞いたことを記入して行こうという考え。

だってさ、目指すは個人個人に向けたプロフェッショナル介護だと云うからさ。

幸い、私が働く病院のリハビリ施設は利用者さんが二十名ほどしかいない。

この方はオセロが好きで、入浴の時はトリートメントを使用する、など細かいことを一冊のノートにまとめれば完璧じゃね?

あ~ぁ、こうして私はまた休日に仕事のことを考えている。

BGMをオフスプリングに変えた。

ドライブしたくなる。

車はハッキリ言って何でもいいのである。

誰の助手席に乗っているかどうかが問題。

過去に高級車を欲しがっていた男がいたのだが、私は絶対に助手席には乗りたくないと言った。

何故、あんなに助手席を拒んだのか自分でも不思議なくらいだ。

たぶん高級車が悪いのではなく、その人が運転する車に乗りたくなかっただけなのでは?

結果として私はその人から去ってしまった。

やはり車云々ではないのだ。

何に乗ってどこへ行くかではなく、誰と一緒かどうかが肝心。

私はこう見えてあまりどこかへ行きたいなどと言わない。

強いて言うならば、相手の人が住む街を見てみたいかな。

家が知りたいわけではない。

もっと言うならば、故郷でもいいかな。

良くも悪くも私ってそういうヤツ。

 

 

私って仕事もプライベートもあと少しのところに来ているという自覚はある。

傍から見れば、離婚して、子供もおらず、たった一人で慎ましく生活している様は憐れに見えるかも知れない。

それなのに、私ってヤツはどうしてこんなに幸せ者なのだろうか。

一人を満喫できて、精神的自立を果たして、初めてより一層満たされることができるとよく聞く。

たぶん私は本当の幸せを知らない。

何故なら一生を捧げてもよいと思える相手に出会っていないからだ。

好きな人ができても既婚者だったり、なかなか上手くは行かなかった。

ところがとある先生曰く、今まで見たこともない幸せを私は手にするらしい。

それって本当かよ?

そこまで辿り着けるかどうかを天から試されているような気がしてならない。

だから介護職に出会ったのだとも思っている。

つまり平坦な道だったのが急な坂道に変わったということ。

確かにハードだけど坂道を登ることが楽しいということは、登山にも似ている。

先が明るいということがもう自分でわかってしまっているからだろう。

 

 

私は富士山に登ったことがある。

富士山に登った時、頂上で大吉を引いてしまった。

札幌に帰って仕事に戻ったら人気が急降下した。

だから苦労が足りなかったんだと思ったのさ。

人生は富士登山のように頂上で満足してはならない。

つまり、頂上へ行った後の人生を好転させたいのなら現状は辛いくらいで丁度いいのだということ。

恐らく、これから人生の頂上へ行く。

そこから急降下しないように危機感を抱きながら日々を送る必要があるって話。

私のような職業の人は下積み時代が必要。

それはきっと苦しければ苦しいほど良い。

そういうこと、頭ではわかっている。

傍から見れば憐れかも知れないのに幸せなのは、それら全てを把握しているからかも知れない。

これ以上ミスしないように、徹底的に準備して、いざ頂上へ。