先日の続きのようになってしまうかも知れない。
私にも死にたいと思ったことは何度かあるような気がした。
三十代は孤独との闘いだった。
見知らぬ土地である富山県にたった一人でいたこともあって、友達や彼氏ができなかった。
いつも頭の中では、一体何のために生きているのかということを考えていた。
今の私からは考えられないかも知れないが、やりたいこともなく、自分が何者なのかまるでわからなかった。
自己探求のため、やたら読書をした。
過去に囚われ続けた日々。
どんな職業に就いても、喜びとは無縁。
何故この仕事をしているのだろうかと、虚しさが付き物だった。
そして愛する人に出会えないという哀しみ。
そんな日々から脱出できたのは、実は今年に入ってから。
処女作である自伝的エッセイ『破壊から再生へ』を発売しても、何かが変わったわけではなかった。
多くの方の共感を得ることができてほんの少し光が差し込んだ程度。
ところが、このままでは何も変わらないとわかった私は持っている全てのエネルギーを注いで小説『ロックンローラー』を書いた。
全ての人が離れて行き、更に深い孤独と向き合う覚悟で書いたものだった。
結果としては、受け入れてもらうことができた。
そのことによって、自己肯定できるようになった。
発売前は、『ロックンローラー』を書き終えることがとても怖かった。
もぬけの殻になってしまうのではないかと思っていたからだ。
実際は、『ロックンローラー』を発表した私は少々ハイになっていた。
これといってやることもなくなったので、飲み歩いていた。
無理して増刷したこともあって、生活はカツカツ。
全てを捨てたもには天からのギフトがあるとはよく聞く話。
そうして出会ったのが介護職というわけだ。
昨年までの私は、愛犬を失った悲しみも相まって、完全に途方に暮れていた。
腹の中では私の人生このまま終わってたまるかと思いながらも、どこへ向かってどのように歩けばいいのかわからなかったのである。
今でこそ、新人賞を目指すようになったが、賞というものすら私には無理だとどこかで決めつけていた。
やはり人生が好転し始めたのは、今年に入ってから金も無いのに旦那の家を夜逃げ同然で飛び出してからだと思う。
それからというもの、旦那だけではない、あらゆるものを捨てた。
面白いように、一つ捨てれば何かが私の中に入ってくるようになった。
終わりなき道にようやく階段が見え始めた。
今は、一歩一歩噛み締めながら登っている最中である。
話は戻るが、何度消えてしまいたくなったかわからない。
ずっとずっとずっと消えなかったのは、寂しさという感情。
それと並行して持っていたのは、煮えたぎる情熱かも知れない。
どう考えても、私だって人並みに幸せを掴んでもいいと思っていた。
そして、私が日々綴っている文章にも少なからず手応えのようなものを感じていた。
表現力や語彙など未熟な点も多々あるが、人々に寄り添った文章なら書ける自信ができてきた。
だからこそ一つのきっかけとして新人賞を取り、もう自費出版しなくてもいいようにしたいと願っている。
闇の先には必ず光はあって、闇というものはいつまでも続くほど根深いものではないと言いたい。
続くとしたら、何かが間違っているのかも知れない。
過去ばかり見て生きている人は現状を打破できないように。
未来を見据えた話ができる人は、自分が思っているように道が開けてくるものだ。
現在の私は天から与えられた介護職に生き甲斐を感じながら、『破壊から再生へ』の英語版を翻訳者さんと一緒にコツコツと作っている。
そして、新作の構想を練っている。
ただし、その新作はもう自費出版はしないと決めている。
ちゃんとした形で、商業出版することだけを考えている。
金のない私に残された道は、それしかない。