蒸し暑い曇り空、少し晴れ間が覗く程度だったが、雨には降られなかった。
仕事が長引くこともなく終わり、煙草屋の前で一服した後、バス停に向かって猛ダッシュした。
ところがそのバスには乗れなかった。
ん?そもそもなんでこんな時間に駅前行きのバスが来るのだろう…。
そう思って立ち尽くしていた私の元へ一通の報せが来た。
友達の愛犬の死だった。
友達は十三年以上に渡って、この上なく愛犬を可愛がっていた。
その愛犬はとても可愛らしい犬だった。
それこそ町中のアイドル。
皆が皆可愛がったそうだ。
そんな愛犬の調子が悪くなったのが、数ヶ月前。
最初は夏バテかも知れないと言っていた。
しかし、どうやら骨肉腫の悪性の癌が全身に転移していたかも知れないとのこと。
それでも最期は安らかに眠ったそうだ。
バス停の前で、私はこう思った。
きっと、この仔が私に何らかの報せがしたかったのだろうと。
それで私は今、バス停の前に息を切らしながら立っている。
そんな気がして、友達へ泣きながらメッセージを寄せた。
そして空を見た。
友達からこの言葉が聞けなくなったのが一番寂しいなと。
「これから散歩じゃ!蓮ちゃんまたね!」
この言葉を聴く度に安堵に包まれていた私。
一体いつまで聴けるのだろうかとも思ったが、想像を絶する以上に早く別れが来るとは思ってもみなかった。
実は私にも愛犬がいた。
名前は「もち吉」、たったの十歳だった。
もち吉のことは不慮の事故で亡くしてしまった。
私としては、泣き崩れていたのは当日のみ。
翌日からは泣きながらでも、SNSに復帰した。
あれから二年間経つのだが、未だに心の傷は癒えない。
駅まで歩く道中、犬連れで散歩している人の姿を見ては、グサグサと胸を刺す。
あの仔、今頃天国で何をしているのかと考えれば、空を見上げて涙が零れ落ちないようにするのだった。
もしかしたら、愛犬を亡くした友達も私のような気持ちを抱えてこれから先生きて行くのだろうか。
それはそれで、私としては辛いものがある。
友達はいつもこう言う。
「形あるものはいずれなくなる。命あるものは死す」
だから相当前から覚悟を持って愛犬と日々を過ごしていたことになる。
抱える傷に大小の差はないけれど、メシは食べれているようなので安心した。
私は何の前触れもなく、もち吉を失った。
大雨と共に悲劇はやってきた。
その事実は未だに信じがたいのだが、遺影に収まったもち吉を見ていると、現実なんだなと思わざるを得ない。
もち吉のことに関しては、私の力を最大限に振り絞って、一つの想い出として形にしたいと思っている。
友達の愛犬のことも織り交ぜられるかも知れない。
一つ消え、また一つ消えた。
それなのにこんな時は、手に入れた何かについては思い出せないものだ。
大きな存在を幾つも失ったはずなのに、何を手に入れたかはわからない。
ここに、ご冥福をお祈りすると共に、残しておきたかった。
今頃もち吉と一緒になって、虹の橋を渡っているのだろうか。
私や友達のことについて、語り合っていて欲しい。
もち吉は、少なくとも私に「自由」というものを与えてくれた。
そしてあの世から、もっともっと羽ばたけと言っているような気がする。
それより何より、私の幸せを願ってくれているような気がしてならない。
何故なら、もち吉は私のことが大好きだったからだ。
友達の愛犬も、友達のことが大好きだった。
だからずっと見守っていてくれるはずなのだが、私はなんだかんだ言って友達のことが心配だ。
私に心配されなくても、既に気丈に振る舞ってはいるのだが。
友達にとっての悲しみが深くなることを想定した上で、私はいつまでもしつこく友達でいたいと思っている。