nakanakadekinai's diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

色褪せる想い

嫌だもう、クソ痛いんですけど。

整骨院から帰ってきて洗濯物を干そうとしたが無理だった。

仕方がないから部屋干しした。

それでも高い位置に手を伸ばしたことで痛みが走った。

やれやれ、洗濯もできないのかよ。

この状態での『文学フリマ東京』だが、荷物の運搬は手伝ってもらえることになったので、そーっとそーっと負担にならないように気を付けながら参加させて頂く。

誰かが会いに来てくれたら、行った甲斐があると云うもんだ。

十二時から十七時までやっているので、お時間ある方は是非、東京流通センターまで会いに来て欲しい。

東京の日曜日の天気は曇り。

ちょっと寒そうだが、大きく崩れることはなさそう。

恐らく傘を持つのはしんどいので、雨が降らないことを願う。

整骨院へ行く前、早朝に父さんから電話があった。

とにかく食べるものを送って欲しいと言ったら、わかったと答えてくれた。

母さんからの連絡は無し。

もしかしたら知らないのかも知れない。

 

 

私ってこの一週間何やっていたんだろうか。

昼寝をするわけでもなく、酒を飲むわけでもなく、ただ病院へ行って、投稿書いて、音楽聴いていただけのようだ。

仕事復帰までの間、本の一冊くらい読めばいいのだが、不思議なことに退屈ではない。

あっという間に夜になって、いつもより早く寝てしまうだけだ。

時間を浪費しているようだが、その自覚もない。

ほらね、一週間やそこらって瞬く間に過ぎて行くものなのだ。

もしかしたら人生というものは、そういうものかも知れない。

とはいえ、危機感を感じることなく、このままのんびりと生きられたらどんなにいいだろうか。

少し前まで地方の田舎町へ引っ越せば、のんびりできるような気がしていた。

若干家賃は安いかも知れないが、その分時給も安い。

そうすると、生活レベルは変わらないだろう。

物価の安い埼玉で生活しながら東京で働く今のスタイルは、一番いいのかも知れない。

そう考えるとここにいてもいいような気がしてくる。

来年になったら動こうとも考えていたが、怪我したことによって、焦りが消えた。

もっと優雅でいいんじゃないかな?

今、この街のこの家で暮らしていることをもっと楽しめばいいじゃないかと。

むしろ、ここを離れることは勿体無いような気がしてきた。

こうして、私の移住計画は色褪せて行く。

やはり思い立った時にすぐ行動しないとどうでも良くなるのだろう。

あんなに地方へ行きたかった気持ちが、今となってはなくなっている。

同様に、仕事にも復帰するタイミングを逃したらどうでも良くなりそうで怖い。

今は責任感の塊で、何がなんでも復帰せねばならないと思っている。

その気持ちが色褪せると、縁がなかったとか言い出しそう。

だから早く戻りたいんだよ。

 

 

背骨のヒビは時間薬、時間しか解決してくれない。

でも私の気持ちは時間の経過と共に移ろいやすい。

利用者さん達に会いたい気持ち、大事にしなくちゃ。

ミッシェルガンエレファントの『エリクトリックサーカス』が流れている。

 

「俺たちに明日が無いってこと初めからそんなのわかってたよ。この鳥達がどこから来てどこへ行くのかと同じさ」

 

この歌詞を見た時に、まるで私のことみたいだと思った。

明日の生活も保障されていない日給月給労働者。

私なんか所詮は流れ者。

札幌に留まることもできなければ、自分の居場所を見つけることもできない。

しかし何度も言うようだが、身体は怪我しても、タイピングはできる。

座椅子に座ってコタツでパソコンのキーボードを叩くことはできる。

できることを探してやるしかなさそうだ。

これも運命的なものだろう。

悲観的になってはならぬ。

居場所は見つからないかも知れないが「ここ」は私にとって一つの居場所。

それだけは間違いない。