橋岡蓮 ’s diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

大きな節目が来る

自分を取り戻しつつある。

やはりこうして皆に話したり聴いてもらったりするのが一番だと痛感した。

そもそも、そのためのSNSのような気がしてならない。

私は一人で抱え込んでいるようで、そうじゃない。

朝になると、そのように思うことができる。

どうやら会社云々より、自尊心の問題に傷ついていたようだ。

それもまた私らしいと言える。

ブラック企業にはある意味慣れっこだが、自尊心は守らなければならない。

傷つきそうな相手には、こちらからは近づかない。

たとえ親のような愛情で以て優しさを見せてくれたとしてもだ。

前にも書いたが直感的に、バリアを張ってしまう。

それでいいと思う。

むしろ私はオープンマインドなので、バリアは少ない方だ。

オープンマインドは、皆を癒し、警戒心を排除する。

その代わり、何か言わないと気が済まないようなタイプの餌食でもある。

蓮さんになら言っても許されると判断されがちだからだ。

恨まない代わりにバリアを張る。

ただそれだけの話である。

 

 

親のような愛情と書いて、自分に違和感を覚えた。

私が親なら、飛んで行くからだ。

かといって親を責めたりしない。

天は、私の周りに誰かが無断で立ち入るのを禁じているように思う。

あまりにも傷つきやすいため、安易に近づけないようにガードを張ってくれているのだろう。

そうか、私が孤独なのは天に守られている証拠なのだ。

今回の事故により、私の周りは綺麗に二分化された。

優しくしてくれた人と逃げた人。

だから一気に友達が減ったような気がする。

まぁ、そういう人は後々多大なる後悔を背負うことになるだろう。

私を傷つけるような奴等も然り。

多くの人間は損得で動いているような気がしてならない。

つまり、人気が出たら、友達面して寄ってくるんだろうよ。

そんな奴等のことは相手にもしない。

守るべきものは何か、ちゃんと見えている。

 

 

思い返せば、人生の中で四度目の大きな事故になる。

ここまで来ると、その後の人生を見通すことができる。

大きな節目がちゃんと待っている。

三十二歳の時、実は軽く癌を患った。

ちょうどその時私はホームレスだった。

治療のためにアパートを借りて、仕事に通う必要があった。

一日も早く働く必要があったので、派遣会社に飛び込んだ。

紹介されたのはゴミ処理場での分別の仕事。

時給は九百円。

とにかく金が無かったので文句を言っている暇がなかった。

そんな私を試すかのように、高時給のゼネコンの仕事が舞い込んできた。

ところが、金に目がくらんで魂を売るような真似はしなかった。

金は無かったが、ゴミ処理場の仕事を死ぬ気でやった。

そんな私は、仕事が終わってから、狂ったように文章を書いた。

まるで天から何かが降ってくるようだった。

日曜日は、半日読書をして、半日書いた。

今振り返っても、凄まじいエネルギーだった。

このような体験を元にして、歴史的な怪我を負った私には天からジャンジャン降るように何かが起こると思えてならない。

今までの人生が、嘘みたいにガラッと一変するに違いない。

事故の度に人生を変えてきたと言っても過言ではない。

今回はどのように変わるのだろうか。

もしかしたら来年は群像文学新人賞を取り、作家として活躍し、蓮’sbarを設立し、めちゃくちゃ忙しくしているかも知れない。

 

 

弁護士事務所に電話してみたら、直接弁護士に相談した方がいいと直ぐに言われた。

派遣会社には、弁護士さんに相談させて頂いておりますと伝えた。

相手はしどろもどろになっていた。

やはり、やましいことがあるのだろう。

後のことはその都度考えて行くことにする。

ハッキリ言って、俗世間の連中を構っている暇など無い。

降ってくる言葉達を文章にすることで大忙しなのだ。

これからの展開をどうぞお楽しみに。