nakanakadekinai's diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

ここに私がいるだけ

今年も残りわずか。

来年からは流れが変わるとは思っていたが、その前兆がもう既に見えている。

怪我をした上に退職までする羽目になったが、どっしりとしたものである。

心の揺れがない。

何故かというと、最悪な事態の後は上がるだけだということがわかっているからだ。

 

 

それにしても、朝から何十曲というロックを聴き漁っている。

ロックについて思うことがある。

こんなことを言うと蹴飛ばされそうだが、クオリティじゃない?

サウンドのバランス、ボーカルの歌唱力、わかりやすいメロディーライン、説得力のある歌詞、メッセージ性、カリスマ的要素、ルックス、センス、きりがない!

文章もたぶん似たようなことが言えるのだろう。

しかし、私は毎日書きながら、毎日悩む。

どうやったら私の文章には火がつくのだろうかと。

アップして、読み返して、また悩む。

これは終わりのないショータイムのルーティンである。

達成感などとは程遠い、先が見えない闘いだ。

消化試合にはしたくない。

毎日一定のクオリティは保ちたいわけだ。

努力しても、悩んでも、辿り着けない場所がある。

それは笑えるほどの勢いで昇りつめていくものである。

 

 

正月に何か特別なことをしようとは思っていない。

いつものように、作品づくりをするのみである。

モタモタしている時間はないので、毎日がとても大切だ。

今は過去作品の編集と、新作の執筆を同時進行している。

どちらも私にとっては重要なのだ。

何故なら、今置かれている立場でできる最大限のことだからだ。

加えて、集大成でもあるわけだ。

私にはプロデューサーみたいなものは要らない。

一から十まで、たった一人で作ったもので勝負する。

仮にそれが稚拙だったり駄作だったりしても構わない。

もしかしたら、チームプレーが大の苦手なのかも知れない。

確かに時にチームRENでの仕事は楽しい場合もある。

孤独を感じずに済む。

かといって、達成感は分散される。

私はたった一人で作って、自分が立ち上げた自分だけの出版社から発表する。

それが『office REN』なのだが、これまた私のことを腹の底から信じてくれている人もいるわけで、私に出版依頼をしてくれたりもする。

来年はもう既に数名の方に声を掛けていただいているので、制作に携わる前に私は過去作品の編集と新作の執筆をある程度形にしておく必要がある。

正月のように、人々が酒を飲んでいる間、暇人の私はコツコツ作品を作って春を迎える。

 

 

そう考えると、私はロック聴きながら文章を書いているだけなのだが、ちゃんと信用を積み重ねてきているのかも知れない。

誰に頼んだのでもなく、ただ毎日文章を書いてきただけ。

私の理想はこうだ。

『office REN』がもう少し大きくなったら、出版社協会みたいなものに所属してもいいのかなとも思っている。

それは私のためではなく、私の元から本を出したいという人のためだ。

私が新人賞を取ったら、私の信用は一気に上がる。

これからの作品も今以上に読んでもらえるようになる。

蓮’sBARにもお客さんが来てもらえるだろう。

いつか私のビジョンがその通りになったら、この頃の投稿を読み返してくれればいい。

 

 

私は知っている。

 

 

まだ何一つ叶っていないのに、私の投稿を読んで寂しい気持ちになっている人がいるということを。

まぁ、私のことだから、執筆以外に日記代わりにこの投稿を続けるだろう。

私はどこにも属したくないし、誰からも教育は受けたくない。

いつも上から目線のそこのキミは気をつけた方がいい。

私に嫌われ、愛想尽かされ逃げ去られてしまうから。

誰とでも対等で、上も下もない。

ここに私がいるだけ、当たり前のように私がいるだけ。

どこへも行かないが、大空を飛ぶことに変わりはない。