橋岡蓮 ’s diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

有り余るエネルギー

絶好調すぎてヤバい。

三食食べ、ガッツリ寝て、禁酒しているのですこぶる元気。

エネルギーが有り余っている。

ここは私のステージ。

暴れても泣いても怒っても、皆は笑って見ていてくれる最高の場所。

ライブハウスやクラブやディスコバーへ行っても出鱈目なダンスしかできない私だが、パソコンの前では千五百文字のダンスを繰り広げることができる。

そりゃ、この感覚はロックを愛する者にしかわからないかも知れない。

元気が良すぎて、不完全燃焼だ。

駅まで走って、満員電車に揺られ、ガツガツ働く生活が恋しいよ。

しかし、仕事が始まったらバタクソに疲れて、これを書く余力も残らないのだろうな。

だとしたら、やはり今はここで踊るのを楽しむほかない。

 

 

ちょっと昔話がしたい。

実は私、ススキノのクラブで働いていた頃、お客さんとポールダンスを見に行くことがあった。

ショーガールになりたくなってポールダンスの店に面接に行ったのだ。

それで一日体験して、レッスンを受けたり、ショーに参加したりした。

スタッフ全員が握手してくれて、明日から宜しくねって。

ところが翌日になったら電話が来て、年齢的にアウトだと言われた。

当時三十五歳。

いやいや、それは面接の時点で言えよ!!ってぶち切れて行きつけの焼鳥屋で朝までへべれけになったって話。

映画『ショーガール』の主人公「ノエミマローン」に対する強烈な憧れもあった。

二十代の大切な時期にブルーカラー労働者をやるのではなく、ショーガールになれば良かったととことん後悔した。

そしてぶち切れたまま、私はススキノを出て二度目の上京をしたわけだ。

最初は千葉のアパートから始めた。

ホステスもいいが、やはり人生の中で一度はステージで踊るショーガールになりたかった。

ポールダンスの店に面接へ行くまで、私は毎晩ディスコバーに通った。

こっちは真剣だったのだ。

まぁ、確かに三十代のショーガールはいなかったけどね。

東京なら熟女を雇うポールダンスの店があるかも知れない。

来月四十三歳になる私だが、とにかくステージに立ってスポットライトを浴びたいのだ。

ひょうひょうとした顔で、優雅に踊っている姿を観客に見せたい。

時には一体となり、時には孤立し、時には挑発する。

ショーガールになれなかった私は自己表現の手段として、何故か文章を書くようになった。

今では、文字でダンスを踊る女になった。

ステージに立ちたいからと云って、ダンススクールに通うのは大違い。

あくまでもステージには私一人。

私はこのままパソコンの前だけでダンスを続けるのだろうか。

何か、スケールのデカい話はないのかね?

ゴメンよ、最近絶好調なもんで、暴れたくて仕方ないのよ。

 

 

さてそこでどうやったら暴れられるかを考えてみた。

蓮’sbar作るしかないよな。

そこには昭和を連想させるステージにポールとミラーボール。

世界各国の酒を惜しげもなく並べ、私は毎日エナメルドレス。

世界中のロック野郎が集まる蓮’sbarは、知る人ぞ知る。

カリスマママになってやる。

キーワードはでっかいスケール。

ゴールデン街なんて、小っちゃいことは言わない。

場所なんてどこでもいいのさ。

私の居場所は大空。

蓮’sbarは止まり木。

止まり木になってくれそうな人がいないなら、自分で作るって話。

スポーツジムなんて行かない。

仕事で鍛える。

勉強なんてしない。

努力もしない。

楽しいことしか私は興味ない。

やることと云えばロックを聴くことくらいかな。

蓮’sbarに相応しい、昭和のロックを。

大音量で、ヴェルヴェットアンダーグラウンドを。

その前に『もち吉の願い』で有り余るエネルギーを爆発させるしかないな。

そもそももち吉の願いとは何か?

天国から何を望んでいるのだろうか?

強制予約なので、皆、宜しく!