いくらノルマを達成した日があるとはいえ、毎朝振り出しに戻って数字を追う。
どんな世界にも共通していることとはいえ、現場の人間は辛い。
一日六件のノルマを達成した翌日は、一件だった。
そんなものだと言い聞かせるものの、やはりドッと疲れてしまった。
しかも十九時半までゼロ件だったので、泣きたくなる想いだった。
二十時までにようやく一件を獲得したものの、その場にいることが恥ずかしく、逃げるように会社を出てプロントへ入った。
理由は簡単。
自宅の冷蔵庫の中にこれといったものが入っていなかったからだ。
翌日は休みということもあり、奮発してやった。
疲労困憊で写真を撮るのを忘れたが、チャプチェとポテトサラダを食べた。
自宅では絶対に作れないヤツ。
濃いめの角ハイボールを二杯飲んで、大満足だった。
こういうのって私にとってはストレス発散でもあり、楽しみの一つでもあることを実感した。
しかし、池袋駅のプロントから我が家までは一時間以上かかる。
少々酒が入った状態でアパートまで帰るのは毎度のことながらしんどいものである。
輪をかけてクタクタの状態で帰宅し、今にも倒れそうなのを必死に堪えてこれを書いている。
だから、心して読んでくれ。
職場では一つ動きがあった。
元ホストが私を仲間に入れようとして動いてくれていた件だ。
正式に社長の許可が下りたようだ。
私は終わり際に元ホストに呼ばれ、その旨を伝えられた。
本当は飛び上がるほど嬉しいのに、斜に構えてお礼を言った。
誰かとこの喜びを共有したかったが、成績が悪かったので調子に乗らず大人しく過ごした。
隣に座っていた上司に、わざとらしく元ホストから呼ばれている旨を話してみた。
「デートに誘われてるんじゃないの?」
そう言われてどうリアクションしていいかわからず、
「一体何の話ですかねぇ?」
とすっとぼけてみた。
その上司はもう知っているようで、苦笑いしていた。
案の定、デートのお誘いではなく、仕事のお誘いだった。
下っ端の件数獲得ロボットが、ワンランク上のロボットに昇格するわけだ。
これで元ホストの元で数字を出せれば、私のクビは遠退くわけで。
実に喜ばしい話である。
後日研修があり、その後私のデビューがあるとのこと。
誤解のないように書いておくが、決して元ホストと一緒に仕事ができることが嬉しいわけではない。
彼らがやっている仕事に興味があるのだ。
以前、ススキノで似たような仕事をしていたこともあり、力を発揮できそうな予感がするからだ。
ここまで来たら、安定的な職探しのためにハローワークへ行くことは一旦避けておいて、目の前の仕事をなぎ倒そうと思う。
謙虚になって、一から教わり、コツコツと覚えて行こう。
活躍して元ホストにも恩返しをせねばならぬ。
なんだかんだで元ホストは恋人にはならなかったが、命の恩人になった。
私が義理堅いことを見抜いたのだろうか?
いや、そんなことはない。
何故、元ホストが私に声を掛けたかはわからないが、とにかく恩を返すことだ。
頑張れ私!!!
徐々に霧は晴れ、いい方向に向かおうとしている。
成績には波がある私だが、何か目を引くところがあったのだろう。
ミーティングで社長はこう言っていた。
「バイトで毎朝気合い入れてくるヤツは気持ち悪い」
バイトなんだからやる気がなくて当たり前だと云うことだ。
え?!
私って、毎朝気合い入れて、毎晩自宅で反省会してますけど。
様々な職種を経験してきたからこそ言える。
百のやる気で以て、三十もできないのが私であると。
「社長、私って毎朝気合い入れているキモい人なんですけど」
ミーティングの後、すれ違いざまにそう言ったら社長はにっこり笑っていた。