給料が少なかったから直帰しようとしたら、人身事故で電車が止まっていた。
仕方がないから回転寿司を覗いたら満席。
結局プロントで時間潰しだ。
いつも『濃いめ』のハイボールを頼むのに、あんまり酔ったら疲れるから普通のハイボールを頼んだ。
めちゃくちゃ薄い!
まぁ、仕方ない。
その辺の人はこんなもので酔うのかと考えた。
私は水の如く飲み干してしまった。
最初から『濃いめ』にしておけば良かったが、開き直るしかない。
良いこともあった。
昼休みにコンビニで元ホストにばったり会って、このチャンスは二度とないと思って、話しかけた。
「いつ連れて行ってくれるんですか?」
するとすこぶる優しいオーラ全開で、こう言った。
「そうだねぇ、いつ行こうかね?来月だな!今月は飲み会が沢山あって」
それに対して私は最大限の勇気を振り絞ってこう答えた。
「私はいつでもいいんで!」
楽しみにしてますとは言えなかった。
でも、話しかけられて私ゃ満足した。
その後喫煙所で会っても、何事もなかった顔をした。
席に戻っても、ポーカーフェイスを貫いた。
そこで思ったことがある。
私ってガチで元ホステスには見えないんじゃないか?
ホステス時代も、私みたいな女がホステスをやっていることを珍しがられたものだ。
自分で言うのもなんだが『純』なのだ。
その辺のキャバ嬢とはわけが違う。
だからキャバ嬢慣れしている元ホストからしたら、私は珍しいタイプなのかも知れない。
大人しく真面目で、控えめ。
まさか私がかつてホステスをやっていたなんて想像もできないだろう。
元ホストが私を見抜けないのではなくて、私が身元を悟られまいとする達人なのだろう。
もしかしたら完全に過去のオーラを消しているのかも知れない。
でも私が変わったわけではなくて、昔から純なままホステスをやっていたに過ぎない。
だからことごとくお客のいいように使われた。
それでもそんなお客を『彼氏』と呼び、都合の良い自分には気づかなかった。
そんな私のことを、ある人は『姫』や『南国の乙女』と呼び、私のことを天然記念物のような扱いをしてくれた。
彼を信じ、崇拝していたのだが、『釣った魚にエサをやらない』などと言われ絶大なるショックを受けた私は、悲しみを封じ込めるために彼を『着信拒否』して今に至る。
それから携帯番号は変わっていないが、未だに着信拒否されているのだろう。
あれから約十年の時が過ぎた。
会いたいと思うことはないが、今頃どうしているのだろうかと考えることはある。
彼に惹かれた理由はただ一つ。
私の純粋さを見抜いてくれたからだ。
元ホストのように強面でも、面白いわけでもなんでもないが、馬鹿ではなかった。
どちらかと言えば地味で、目立たない存在だったと思う。
だから彼の前では、純粋無垢でいられたのかも知れない。
元ホストの前ではできる女を気取っているが、流石に疲れてきたので、早く飲みに行って『素』の私で接したいと思う。
私は所謂、ツンデレタイプなのだと思う。
元ホストからしたら、そんな女は慣れっ子だと思って敢えてそのスタイルを崩していない。
むしろ、会社ではツンツンしているくらいで丁度いいのかも。
駅のホームで列車が発車するのを待つほど阿呆らしいことはない。
そろそろ電車が動いてもいい頃かも知れない。
飲みに行くのが来月なら、今月は気合い入れなくてもいいと思った私はしれっとナポリタンを平らげてやった。
神がどっかに立ち寄れよと言っているみたいだ。
二杯目を『濃いめ』にした。
いい加減に、帰って寝たいよ。
時計は二十二時を指している。
こんな時間まで待たされるとは、何か意味あり気だ。
流石に疲れたが、少々浮足立っているのは良いことがあったからかも知れない。
極めて単純にできているのである。