数字を出せなかった私は、早退させられてしまった。
厳しい世界ではあるが、当たり前のような気もする。
何故なら高い給料を貰っている側なので、それに応えるのは『数字』しかないのだ。
ゴールデンウィークは暇だからとのことで、連休になった。
その代わり後半に振替出勤日を作ってくれるとのこと。
私にとっては、都合が良かった。
目眩があったりなかったりするからだ。
これは完全に、休めというサインだろう。
どうして数字を出せなかったかについて考えているが、テンションが上がり切らなかったとしか言いようがない。
テンションは上げようとして上げるのではなく、パソコンに向かったら自然と上がるものでなければならない。
そして、なかなか結果が出ないことが不安で、それが声に出てしまっていたようにも思う。
自信の無さがモロに出て、お客さまにも不安を与えていたのだろう。
これもメンタルの弱さと言っても過言ではない。
プレッシャーは、悪い方に作用しているのだと思う。
命に関わるわけじゃないのに、もっとリラックスしていた方が良い結果に繋がるかも知れない。
色んな意味で反省中である。
その代わり、私を憐れんだ別の部署の上司が声を掛けてくれた。
早退させられても嫌な顔一つせず快く挨拶していた私を、流石は大人だと思ったことだろう。
私の後、ゴキブリが同じことで呼ばれていた。
ゴキブリは反発していた。
それを周りが見ていて、私との出来の違いがよくわかっただろう。
負けず嫌いで金にうるさいゴキブリは相当ご立腹だったようだ。
私とゴキブリ以外の人は出勤するそうだ。
最近数字を安定的に出せていた人だ。
仕事に対する姿勢や人間性ではなく、やはり数字の世界。
それを痛いほどわかっているからこそ、必要以上にプレッシャーを感じていたのだ。
金は無いが、日銭に困っているわけでもないので私としては潔く休む。
悔しくないと言えば嘘になる。
帰宅してハリーの『十字路に立って』を聴きながら角ハイボールを飲んでいる。
時計を見たら、まだ会社にいるはずの時間だった。
落胆の酒は苦いような無味のような。
一体私は何のために毎晩酒を飲むのだろうかと考えた。
何の慰めにもならないし、問題解決にもならない。
ただ、疲労は増し、肝臓を傷めるだけなのに。
わーい!休みだ!
ともならないようだ。
しかし、水滴の付いた角ハイボールの缶を手に取って胃の中にチビチビと流し込んでいると、誰もいない部屋で誰かがこう言っているような気がする。
『お疲れ!』
インチキな精神科医は、昔、仕事ばかりしている私にこんなことを言った。
「自分で自分の頭を撫でてあげてください」
この医者は、虚しくなるということがわからないようだった。
自分で自分を抱きしめるのと似ている。
一人、角ハイボールを飲んでいるのも大差ないようにも思うが。
そんな私に実は天使のような声が囁いた。
「橋岡さん、このままじゃ勿体ないから俺と一緒に働こうよ」
元ホストである。
元ホストはこの職場でも、数名のみで特殊な仕事をしている。
その仲間に入れてくれるとのことだった。
「俺が、社長に言ってみるよ」
私は約八年くらい前に、ススキノのコールセンターにいたことがある。
ホステスと掛け持ちしていたので、半分酔っ払って仕事をしていた。
そのせいか、バカ売れした。
その時の経験を元ホストに話したことがあった。
「私、売れすぎて退屈で辞めたんですよ」
「それ、社長に言っとくよ!」
もしかしたら私って、クビに近いのかも知れない。
まさかでしょ?
見るに見兼ねた元ホストが動き出したのかも知れない。
どっちにしても、落胆の酒は祝杯に変えなければならない。
それにしても、仕事って真剣にやればやるほど楽じゃないよな。