橋岡蓮 ’s diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

愛に生き、愛に死す!

案外私って人の顔色に敏感なのよね。

本当は接客業は向いていないのかも知れない。

表情や声のトーンの変化、言葉遣いの変化までキャッチしてしまう。

まぁ、考え方を変えればだからこそ介護職ができるのだ。

ただ、時としてヘトヘトに疲れる。

私が悪いのか?と自分のせいにしがちだからだ。

何かまずいことしたっけな?

そうやって思いを馳せてはハラハラして、気づいた時にはドッと疲れている。

こういう時は、常に自分と置かれている状況について分析する。

いや、恐らく私のせいではないだろう!という境地に達するまで時間がかかることもある。

しかし、時間が経てば寝る時間になり、明日を迎えるわけだ。

その頃には当然の如くリセットしているもの。

少なくともこうしてパソコンに向かっていると、職場での出来事は色褪せてくる。

投稿を書かなければならないので、それどころじゃなくなるのだろう。

日々はそうやって過ぎてゆく。

ちょっぴり神経質な私が乗り越えられるのは、時間薬というものがあるから。

過ぎた日のことなど考えている暇などない。

私にとっては毎日が勝負だったはず。

「今」に集中して、今日あるエネルギーを最大限に出し切って寝ることが重要。

 

 

ところで、私はもしかしたら利用者さんとか読んでくれている皆に対して思い入れが強いのかも知れない。

十年以上務めている先輩などは、怖いくらいに冷静な時がある。

こんなことがあった。

 

「聴いて聴いて!私ね、昨日家でカビの生えたパンを食べさせられたのよ。賞味期限とっくに過ぎているのに冷蔵庫に入っていたから大丈夫って。だから、今日、お腹を壊しているの」

「え???酷い、大丈夫ですか?」

 

私は慌ててそう言った。

この利用者さんは家で虐待みたいなことを受けているのではないかと心配してしまった。

これは報告すべきと思って、終了ミーティングで一通りを告げた。

先輩はこう言った。

 

「どうせ自分で食べたんでしょ!カビ生えているなら食べなきゃいいじゃん」

 

マジか!

めっちゃドライ!

やはり経験から来るものなのか?!

私はポカンとしてしまったのだが、なんだか利用者さんが悪者にされているみたいで可哀想になった。

そして帰り道、思ったのだ。

私はこの利用者さんに対しては思い入れが強いのかも知れないってね。

他のスタッフはそういうことはないのだろうか。

長年この仕事をしていると、ある程度感覚が麻痺するのかも知れない。

 

 

なんとなく寂しい気持ちで赤ワインと煙草をリュックに背負って帰宅した。

人間ドラマが繰り広げられる職場では、本当に毎日色々あるなぁ。

まるでシリーズものや連ドラになりそうな勢い。

だって一人で生活している私ごときですら、毎日色んなドラマがある。

ハッピーなこともあれば、ショックなこともあるわけで。

近づいてきてくれる人もいれば、去って行く人もいるわけだ。

意気投合したり、揉めたり、平行線だったり。

人間関係では悩まない私だが、過敏な神経は悩みの元なのだろうか?

機嫌の悪い人がいても、それはその人の問題であって私の課題ではない。

何事も腹さえ決まれば余裕で乗り越えられるはず。

愛情深いのと愛に飢えているのは、似て非なるものである。

私は多くの人から愛されても愛されてもどこか渇望しているような気がする。

恐らくそれは、ベースがしっかりしていないからだ。

ただ、愛情深いクセに愛に飢えているさまは、人々のポッカリ空いた心とリンクすることがある。

腹さえ決まればどうってことないのに、なかなかバシッと決められないのは愛に飢えているがゆえ、愛情深いからこそ。

たった一言で言うならば、情に脆いのかも知れない。

人間って不思議で、愛に生き、愛に死す。

愛が無ければ生きられないのに、愛のために死を選ぶこともある。

嫌いじゃないのに、嫌いだって言う時もある。

それもある意味愛に生きている証拠なんだけどね。

 

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