たぶん最初から母親のことは大好きだったはず。
好きすぎて関係がおかしくなったのだろう。
同じく母親も私のことが好きすぎたんだと思う。
本当に今まで、衝突ばかりの二人だったが、和解できるタイミングがやっと訪れたのだろう。
何事にもタイミングと云うものがある。
出会いも別れも、これまたタイミング。
私もガキの頃に比べれば成長したし、結婚を経験して、今まで以上に人々の苦しみが理解できるようになった。
即ち、母親の苦労を理解できるようになったとも言える。
母親も挫折や孤独、苦労を散々と味わって、成長したのだと思う。
今相応しい言葉は、お互いに「つぐない」だと感じている。
「つぐない」って言葉は嫌いではない。
最近、武士道精神の勉強をしているのだが、面白いことが書かれていた。
「悪いことをしたことがある者の方が、反省の意を込めて一生懸命働く」
って、これ正に私のことじゃん!
若い頃、私は誰ともつるまず、たった一人で結構悪いことをしてきたものだ。
だからこそ、大人になってから横道に逸れることがないのである。
ああいうことをすればどういうことになるのか、こういうことをしたら逃げ道を見つけるのが大変だ、そう云うことがわかっているのだ。
若気の至りを払拭するつもりで、必死になって働いた。
その結果どうなったかと云うと、導かれるように人生が好転した。
そういう意味で、若い時の苦労はした方が良いと常々言っているのだ。
「つぐない」って云う言葉の意味がわかるようになるからだ。
つぐない(償い)とは、過去の失敗や上手く行かなかったことに対して、今ここで新たな行動を起こし、同じ過ちを繰り返さないことに尽きる。
別の言い方をすれば、自分の言ったことややったこと、全ての言動に責任を負う覚悟をすることこそ本当の意味での「つぐない」になる。
つまり、私は母親を傷付け不安や哀しみに陥れたことをつぐなわなければならない。
母親も二度と私を傷つけるようなことは言わないだろう。
お互いに「つぐない」の心を持っていれば、もう昔のような関係には戻らないし、もっともっと大昔、私が生まれたばかりの頃の関係に戻ることができるだろう。
ということはどういうことか。
私は幼少時代に返りたいと願っていたのだ。
母親の愛情をたっぷり受けて育った沖縄時代。
祖父母はもういないけれども、私の心の中では生き続けている。
私が武士道精神で生きていることを悲しむ者がどこにいるだろう。
寧ろ、それこそ私のことを「誇り」に想ってくれるのではないだろうか。
とにかく私の頭の中を駆け巡ったのが、母親への「つぐない」と云うものだ。
先にも書いたが、もう二度と傷付けたりしないと覚悟を決めること。
母親は若くはないが、あと十年間くらいなら生きてくれるのではないかと考えている。
私と母親の四十年間を取り戻す意味でも、十年くらいは仲良くさせてもらいたいものだ。
そして様々なことを話そうと思っている。
とはいえ、私は余生を生きることに変わりはない。
仕事して、「つぐない」をして、あとは勉強でもしていられたらそれでいいかなと思っている。
嬉しいことに、パン屋さんではいずれ私を独り立ちさせるために教育してくださるとのこと。
要は、気付かぬ間に私のことを受け入れてもらったということだ。
なんて誇らしいことなのだろう。
パン屋さんの仕事と、自分の仕事を上手く両立させることも、余生を生きる上で大事なことだ。
いつ死んでも悔いはないという私が言うのもおかしな話だが、新しい人生が始まったとも言える。
何度目の人生かわからないが、せめて母親が死ぬまでは元気でいなければならない。
そう思っている。