橋岡蓮 ’s diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

無敵とは何か

私はこのように考えている。

人それぞれ生き方や考え方が違う。

しかし、そんな中で自分の生き方を肯定してくれる人に出会えたら無敵なのではないだろうか。

なんだかんだ言っても、やはり『破壊から再生へ』を発売して運命が変わったと言っても過言ではないだろう。

とてもスローペースではあるが、味方になってくれる人が増えた。

そして、読んでくれる人が増えた。

そんな中、お前は間違っていない!そう言ってくれる人が現れてきたことは私にとって財産である。

勿論、考え方が人それぞれなのでその人にとっての間違いもあるだろう。

 

私は根源に「無償の愛」を持って生きている。

かといって、無償で仕事をするわけではない。

こうして無料のSNSに文章を載せてはいるが、仕事は仕事で対価を戴く。

これは矛盾しているようで、矛盾していない。

どちらかと云うとビジネス感覚が疎いのだが、実は商売下手でもないのだと最近思う。

ただ単に自分の仕事に自信がなくて、安値でサービス提供していただけのような気がする。

自信さえ付けば、きっと私は商売上手かも知れない。

編集、校正費用は別にして、本と云うものは安値で買える。

勿論、昔の私のように新刊が買えない人もいるだろう。

新刊を買うくらいなら、欲しくても我慢する人もいるだろう。

たかが千円、されど千円だ。

しかし、『ロックンローラー』はそれ以上の価値のある作品に仕上げる。

自分が良いと思ったものは堂々と販売できるだろう。

『破壊から再生へ』の時も、置いてもらえる本屋さんを探して電話をかけまくったりした。

そのような営業センスも備わっていると思う。

つまり、自分に自信さえ付けば、私は元販売員の力を発揮できるということだ。

 

私がこうしてSNSを辞めない理由は二つある。

一つは私の存在を知ってもらうこと。

もう一つは私の文章は身近な存在であって欲しいということだ。

勿論、本を手に取って欲しいが、本が好きではない人もいる。

だけど、一日千五百文字程度なら読めるという人もいるだろう。

今は、スマホの時代。

通勤中や、仕事の休憩中、朝のひと時。。。

日常に私の文章が溶け込んで欲しい。

 

「蓮さん、今日は何を書いているんだろう。。。」と。

 

勿論お会いしたことのない方が殆どなのだが、それこそ日課になってくれたら最高だ。

きっとそういう人々は、『ロックンローラー』に興味を持ってくれるだろう。

だったら『破壊から再生へ』も読んでみようとなるはずだ。

『破壊から再生へ』を作るに至っては、長い月日が経過して苦労もした。

なんせ、文章の「ぶ」の字もわからない私が書いたのだから、苦戦して当り前だ。

しかし、魂が籠っている。

今でも私は自分の本を読むと、ジーンとしてしまう。

書いてあることがご尤もだからだ。

あの頃は若かったのに、良くここまで書いたなと。

そんな私の『ロックンローラー』を、読みたくならない人の方が少ない気がしてならない。

今、私は最強の味方とタッグを組んで仕事をしている。

彼はプロ目線で指摘してくれるので、私もとても遣り易い。

最強のコンビが作り出す作品は、最強にならないわけがない。

つまり何が言いたいかと云うと、無敵だということだ。

私に才能と呼べるものがあるならば、それに惚れ込んでくれてコンビは成立する。

才能のある編集者と仕事がしたいと考えていた私の夢が叶ったのだ。

無敵でしょう?

無敵とは、自分の才能や可能性を信じてくれる人とコンビネーションを組むということでもある。

 

因みに私は彼にも無償の愛で以て接している。

見返りなど求めない。

ただ、仕事は仕事。

そういうことだ。

どんなに読者を愛していても、本は定価で売る。

その代わり、SNSは続ける。

私はわかり易いと思うのだが、どうなんだろう。