nakanakadekinai's diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

たづなを引く存在

今更の話だから、書くか書かないか迷ったのだがちょっと挑戦の意味も込めて書いてみよう。

 

私はこう見えて、三十八歳で結婚するまで、放浪者だった。

あまりにも寂しさが大きすぎて、それを一人で抱え込むことができなかった。

本当の友情も知らずに過ごしていたので、分かり易く言うとフラフラしていた。

そして、酒と仕事に逃げていた。

ホステスをやっていた頃は最もひどく、仕事で酒を飲むにも拘わらず、終わってからも飲み歩き、自宅に帰っても晩酌していたほどだ。

毎日が泥酔状態だった。

仕事熱心かと言われればそうでもなく、ただ毎日酒を飲むことだけで自分の寂しさを埋めていた。

更には、稼いだ金は飲み代以外に洋服代(衣装代)に消えていた。

 

札幌という街は、私の欲望を見事に埋めてくれる街だった。

東京まで行かなくても、欲しいものは何でも手に入った。

おまけに何を食べても美味しかった。

若かったので太らなかったが、三食外食だった。

文章からも遠ざかり、実に虚無的だった。

何故、私が地元である札幌に帰ったかと云うと、人間関係の清算がしたかったからだ。

それと、三十代最後に「高級クラブ」という名の店で働いてみたかった。

華やかな世界に身を置いて、パーッと豪快に稼ぎ、三十代を締め括ろうという狙いがあった。

ただ、ふと思ったことがある。

あの時、旦那や彼氏や子供がいたら、私は仕事は仕事と割り切って真面目に働いていたかも知れないと。

排他的な生活を送った背景には寂しさが存在する。

どうして私は人並み以上に寂しさを抱えていたのだろうか。

その原因に今更気づいたのである。

 

私には、打ち込むものが必要なのだ!!

 

排他的な生活を経て、札幌を出て千葉県拠点を移した私は、文章を書くということを復活させた。

先ず先にやったことは、SNSを立ち上げた。

それでも何をやっても上手く行かなかった。

そして上手く行っていないのに、しばらく働かず借金ばかりが増えて行った。

勉強会やセミナーに参加して、自立できるように努力したが、ダメだった。

金だけが消えて行った。

しかし、このままでは生きて行けないと思った私は、何故か「熟女倶楽部」へ勤め始めた。

私はこう見えて実は真面目なので、悪ノリについて行けなかった。

取り柄は酒が飲めることのみ。

そこで稼いで借金は完済できたが、何のために生きているのかさっぱりわからず、またフラフラしていた。

完済した後は、自由なお金で飲み歩いていた。

そんな最中、とある出会いがあって結婚したのだが、最初は窮屈で仕方なかった。

何度も離婚を考えた。

しかし、気付いてしまった。

私って云う人間は、ある程度の制限が無いと、ダメになってしまう弱さをはらんでいると云うことに。

夫婦だから納得の行かないことなんて多々あるけれど、私のたづなを引いているのは旦那なんだと思った。

その手を放したら私が飛んでいくのを、旦那は見抜いているのかも知れない。

それに気付いた時、私は自分の弱さを再認識した。

たづなを引いてくれる存在がいるからこそ、私はこうして横道逸れず、好き勝手やっていられるのだろう。

そして、同じ屋根の下で暮らしているということは、知らず知らずのうちに安心感に繋がっているのだと思った。

一人の方が執筆や仕事が捗ると思っていたが、私は一人には恐らく耐えられない。

自由とは、制限があるからこその自由なのだと、口癖のように言っていた。

しかし、それの本当の意味を知ったのは最近だ。

わかり易く言うならば、こうして文章を書く精神状態を保っていられるのは、一緒に暮らす人がいるお陰かも知れないということだ。

飲みに行くのも、ちょっと外出するのも、いちいちうるさい。

かといって、また一人になったら私は虚無的になってしまうだろう。

きっと居ても立っても居られないはずだ。

今更気づいて、申し訳ないけれども。