橋岡蓮 ’s diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

離婚前の正月って

正月だな。

私は全然正月という気がしない。

我が家は殺伐としていて、正月料理もない。

煙草までなかったので、慌てて夜、近所のスーパーが閉店するギリギリに滑り込んだ。

スーパーの総菜売り場は閑散としていて、刺身コーナーはファミリー向けばかり。

それでも腹も減ったし、酒が飲みたかったのでサーモンの切り落としと元旦用のおにぎりを買った。

侘しい気もするが、離婚を目の前にしている夫婦だけの家なんてそんなものだ。

スタートラインからこんな話はどうでもいいのさ。

晦日、居酒屋でなんやらつまんで黒霧島をお湯割り梅干し入りでほんのちょっとだけ飲んだ。

そして〆にかけそばをお椀一杯食べたので、それが年越しそばになった。

死ぬほど寒いリビングで、ダウンの上にダウンを着ながらこれを書いている。

今年の抱負か。

勿論『ロックンローラー』の完成と『office REN』の運営に重点を置きながら、海外出版へ向けて翻訳者さんとの共同作業を徹底する。

そして、新境地への引っ越しだな。

 

 

晦日、居酒屋の帰りに郵便ポストを見たら母さんから手紙が届いていた。

 

「アナタの本が届きました。ずっと『破壊から再生へ』の出版を疑っていたことをお詫びします。普通の人にはなかなかできない『叶わぬ夢』を叶えたのですね。でも、読めません。これを読んだら、この先どんな気持ちを持って生きて行けば良いのかわからなくなる気がします。いつか読むかも知れません…ただ、この仕事を成し遂げたことに自信を持ってください。両親は心の中でいつもあなたの幸福を願っています」

 

そのようなものだった。

実は年末、母さんが私の本の存在を疑っていることが発覚したのだ。

だから私はためらったが、『破壊から再生へ』を一冊送ったのだ。

さっさと送ればよかったのだが、若き日々を綴った本。

当然、母さんと疎遠(決別)していた間に記した本である。

こういう母さんの言動に対して子供ながらに傷付いたということは明記してある。

母さんが立ち直れないくらいに傷付けてしまうかも知れないと思って、「敢えて」送らなかったのだ。

実際には、『破壊から再生へ』という本は、家族への愛とそれに悩んだ私の苦悩と孤独が書かれている本だ。

母さんにとっては、グサッと来る部分があるにせよ、決してマイナスになるものではない。

そう判断したから送ったのである。

 

 

それを言うならば、ここに書き連ねてきた旦那の話も旦那へのメッセージでもあった。

ところが、読んでいる素振りはない。

離婚に向けて、数日前ブロックしたばかりだ。

読んでいないなら構わないだろうし、仮に読んでいたとしたら、もう読まれたくないからだ。

私も旦那のSNSをきっかけに、混乱し、気持ちが離れて行ったことは事実である。

お互いに見ても仕方がないのである。

もう、秒読みだ。

私としては、年末までに片付けてしまおうとはしていなかった。

キャンプをスルーして、なんとか年越しして、などと思っていた。

それが酷い正月になってしまったものだ。

家族がいるのに正月をしない人々も、中にはいるだろう。

でも、それってとても寂しいことだ。

どうやら離婚まで旦那は私に生活費を渡さない理由がやっとわかった。

借金をたんまりこさえているようだ。

迂闊だったようだ。

私は借金返済のレシートを見つけてしまったのさ。

これが2021年のジエンドのエピソードだ。

通帳も給料明細も、全て隠している理由がやっとわかった。

そんなの背負う義理なんて、悪いけどないからな。

私は嘘を抱えている人のことは見抜けるのさ。

しっかりと目を見て話そうとしない。

金の話をしたら逆ギレ。

もういい、もういい、次に進めだ!

危なかった。

私もこのまま夫婦をやっていたら、担がされていたところだった。

神様だけが知っていたんだ。

金の切れ目が縁の切れ目だってことをね。

旦那も少しは楽になるだろう。

やっぱ嫌な予感って当たるものだな。

ずっと変なモヤモヤが消えなかったからさ。