結論から話すと、物件が決まった。
審査も通ったので、来週鍵を受け取りに行く。
初期費用も安く済んだ。
インターネット回線の開通工事に少々時間が掛かるので、ここを出るにはもう少し時間が掛かる。
それにしてもこんなに簡単に審査が通るとは驚きである。
まさに神様が味方してくれていると考えていいかも知れない。
契約を済ませてから、不動産屋の隣の焼鳥屋へ寄った。
なんだか緊張していて酔わなかったし、写メを撮る精神的な余裕もなかった。
だけど、とりあえず無事に第一段階を突破した。
ここまで来れば、あとは時間の問題だ。
実に順調だと思っているのだが、心配してくれる人も多々。
私としては、今回は今までのような無謀なやり方を避け、着実にことを進めているつもりだ。
それでも、やはり見ていて危なっかしいのだろう。
やっていることが大胆だから、ハラハラするのだろう。
こんな私ごときのことを心配してくれるなんて、なんてありがたいのかしら。
私が一番気にしていることはジムニーのことである。
恐らく旦那は私がいなくなることよりも、ジムニーが無くなることの方が痛いと思うからだ。
私からすれば、いくらでも好きな車を買えばいいじゃないかと思うのだが、そういう問題でもないだろう。
話し合いのタイミングは、来週かなぁ。
でも名義は私だしね。
離婚届は近々に取りに行く。
予定が無いのは、六日かな。
どのみち住民票を不動産屋へ提出しなければならない。
六日は川口市役所だな。
こうして決まる時というのは、自らの意思とは関係なく運命に突き動かされるものだと痛感する。
意思なんてたぶん世の中にとってはどうでもいいエネルギーなんだろうな。
もっともっと大いなる力が働いて、私を別の次元へ後押しするのだろう。
長年いた札幌や富山を出る時もそうだった。
私は別れが辛くて泣いて泣いて泣き止まないのに、運命に押し流されたようだった。
つまり、運命ってヤツには逆らえないということだ。
よく言われることは、何かを捨てなければ何かを得られないということだ。
そんなことは重々承知の上だ。
これでもか、これでもかってくらい捨ててやった。
ジムニーだって旦那名義だったらくれてやる。
しかし、私名義だから仕方ない。
駐車場のないアパートだったし、維持するのも辛い。
現金に換えて、今後の生活費に使うのが一番と考えた。
旦那にはバイクがあるから良かろう。
それにしてもまさかこのタイミングで決別が訪れるなんて。
私としては前々から言っていた通り冬眠生活を送る予定だった。
ところが引越しだ。
神様は、私に「休むな」と言っているとしか思えない。
『ロックンローラー』の執筆のため、外出はしたくないと宣言して十一月は人に会いまくったのにな。
それともやはり旦那との関係は、この辺で限界だったのだろう。
そうとしか思えない。
私の心も身体も悲鳴を上げていることが、神様に通じたのかも知れない。
もしくは、見るに見兼ねて助け舟を出してくれたんじゃないだろうか。
いずれにせよ、私は身軽になって羽ばたく時が来た。
打ち合わせの後、夕飯を食べたり一杯引っかけて帰ることも可能になる。
あぁ、なんて身軽なんだろう。
こうなったら、今までできなかったことの全てをするぞ。
そうじゃないと、ここを出て行く意味がない。
決まった時間に帰らなければならないことがなくなる。
新宿へ行った時くらい、寄りたい店もあるのだ。
そんな行動が、翌日の記事に繋がる。
面白いプチ旅ができれば最高じゃないか。
前提として、私は自由でなければならない。
もっと言うならば、私を自由にさせてくれる人が必要だ。
自由な橋岡蓮を眺めながら、ヨシヨシと微笑んでくれるような人。
ぶっちゃけ、そういう人がいないのならば一人の方がマシ。
でも寂しい、みたいなね。
まぁ、物件が決まったから、まずは良しとしよう。
まだまだこれからだぞ。