nakanakadekinai's diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

競わず身を引くこと

五時に起きたのち、九時まで寝ていた私。

しかし、やるべきことはきっちりやった。

五時間に及ぶ編集作業で、とりあえず半分は仕上げた。

問題なのは後半部分。

ブレイクタイムということで、これを書くことにした。

 

 

最近自分のことをよくよく振り返って考えることがある。

私って、嫉妬しそうになると身を引くということだ。

たぶん、嫉妬という感情が自分を苦しめることをわかっているので、身を引いた方が楽なのだろう。

いわゆる一つの処世術でもある。

また、競い合うことが最も苦手なので、土俵にすら上がらないことがある。

つまり、端から相手にしないとか、同じ土俵にいる人間とは付き合わないとか、そういうことだ。

私は基本的に一人でいい。

寂しがり屋の私がそう言うのもおかしな話だが、競うくらいなら仲間は要らないということだ。

切磋琢磨、などの言葉は極めて苦手な分野だ。

一人でコツコツ練習して、師匠すらも自分で選びたいタイプ。

場合によっては、師匠すら要らないかも知れない。

あくまでも単独行動でいたいのだ。

一番嫌なのは、ライバル意識を燃やされること。

一目散に逃げたくなってしまう。

私の中では、ライバル視するという概念がない。

先にも述べた通り、嫉妬しそうになったら身を引くからだ。

例を挙げるとするならば、私と仲の良い人が別の人と仲良くしているとする。

すると、中に入ろうとはせず、撤退するということだ。

もっというならば、両方共と友達をやめるということに繋がる。

極端な例ではあるが、面倒臭いのだ。

私の交友関係は、広いようで狭い。

友達が多そうに見られるが、そうでもない。

条件としては、それぞれ得意分野が別ジャンルであることだ。

だから、絶対に喧嘩にならない関係性を望む。

過去に、同じ土俵にいる友人がいたが、見事に仲違いした。

片方には編集者がいて、商業出版だったのに対し、私はたった一人で自費出版をしていた。

自慢とかされると、もう生理的に受け付けなくなる。

この場合、嫉妬ともまた違う。

ハッキリ言って、うざったくなるし、邪魔になるのだ。

その人の人間性がどうとかそういう問題でもない。

お好きにどうぞ、そう思って突き放してしまうところがある。

 

 

そう考えると、組織というものは同じ目標に対して、皆それぞれが向かっている。

足並みを揃えるのも嫌だし、かといって競うのも嫌だ。

もっと嫌なのは仲良しごっこだ。

どうしても組織に属さなければならない立場に追い込まれたら、私は心を開く人を少人数に決める。

場合によっては、一人かも知れない。

そして、明らかに扱い方を変えるだろう。

私の辞書には「平等」「同士」「仲間」などの文字は入れていない。

要は、気に入った人のみ特別扱いをするという極端な性格だ。

なぜそのようなことをするかというと、気に入った人への敬意でもあるが、組織に染まらないようにするためでもある。

できることならば、組織には属したくないというのが本音。

単独行動してこそ私の良さは引き出されると思う。

ところがそんな私は、この世の中に居場所がない。

やはり、自分で切り拓いて、自分だけのポジションを確立してしまう必要があるのかも知れない。

住む場所には幸い困っていない。

メシ、酒、煙草にも不自由していない。

まぁ、よくよく考えれば、居場所を感じられなかったら家にいればいいだけの話。

唯一、居場所を感じることができるのがネット社会の中。

自分の文章を配信したい私にとっては、ネット住民は避けられないのだろう。

本だけ書いていられるほど、優雅ではないし、偉くもない。

まとめると、生きる目的としては、自分だけのポジションを得ること。

そして、こうして投稿していられることに生き甲斐を感じること。

街を歩いていて途方にくれたら、家に帰ればいいってこと。

んで、最後に出てくる言葉はやはり「独立自尊」。

とにかく人間と競うことが嫌で堪らないからだ。