発売日を目前にして、発送準備に追われている。
商品が届いてから急に忙しくなってしまい、ありがたいの一言に尽きる。
そんな中、母さんから六月に行く箱根旅行についての打ち合わせ電話があった。
温泉宿は予約したのだが、前泊をどこでするかという話だ。
結局、日暮里に決まった。
温泉から帰ってきた日は、ホテル代が勿体無いので、私はアパートに帰ることにした。
たったそれだけだったら十五分で終わる話だが、母さんとの電話はいつも長くなる。
「食生活大丈夫なの?アイロン持ってるの?」
「料理は適当、アイロンは元旦那がしてくれていたから…」
「やっぱりね。誰か料理教えてくれる人いないの?」
「いるけど、皆、忙しいからね」
「そりゃそうよね、今度、アパートに招待してくれるなら料理を教えてあげたいわ」
「来てくれるのは嬉しいんだけど、布団がないのよね」
「近くにホテルはないの?」
「隣町まで行けばあるけどね」
まるで学生の男一人暮らし相手の会話みたいだ。
料理かぁ。
母さん曰く、野菜をきちんと食べないと脳梗塞になるそうだ。
「鯖缶でも玉ねぎを入れれば煮込み料理に変身するのよ」
「玉ねぎねぇ…」
というのも私は食べることは大好きなくせに、少々の野菜嫌いでもある。
定食のサラダは残すし、トンカツのキャベツは食べないタイプ。
野菜を摂らなきゃならないことはわかっていても、身体に悪い食べ物が好きなのだ。
だけど、女一人である。
頼れる人などそうそう現れない。
両親より先に逝くわけにはいかない。
母さんには食生活を見直すようにこっぴどく叱られた。
全く、同棲や結婚の経験者とは思えない私。
やれやれ。
先日も書いたが、両親にはまだ『ロックンローラー』の発売の報告をしていない。
だからこの忙しさについては母さんには言えないのだ。
「最近どう?忙しい?」
「まぁね」
「仕事、順調なの?」
「まぁね」
恐らく、母さんに会う六月頃には落ち着いているはずだが、その時は私は何をやっていることやら。
未知なのが私の人生。
三ヶ月後すらわからない。
それを楽しんで生きている。
それが両親にはわからないんだな。
当たり前か。
しかし人生に於ける価値観は千差万別である。
私にはこれしかできることがないから、これをやっているだけの話。
生活のことを考え出したら、もうこの仕事はやっていられないだろう。
ただし、両親からするとそんな危なっかしい生活は冷や冷やするからやめて欲しいわけだ。
とはいえ、両親も私の夢を追いかけることを生き甲斐としているのはなんとなくわかる。
身内や大事な人が求めている姿とは時に矛盾しているものだ。
私が崖っぷちな生活を送っているのを心配している反面、一緒に夢を追いたいのである。
心配掛けて申し訳ない反面、私もハラハラドキドキする道を歩んでいる自分が好きだったりする。
最近になると、酒煙草を止めろとも言わなくなった。
六月の箱根前泊のホテルも別々にホテルを予約した。
あぁ、母さんはあれほど煙草を止めなさいと言っていたのに、認めてくれたのかと思った。
結局親子とはいえ、別の人生だというのを母さんなりに達観したんだと思う。
ただ言われるのは本当にただ一つ。
「私たちより先に逝くのだけはやめてね」
とはいえ、みっともない姿は見せたくない。
だからこそ、両親が生きている間に一花咲かせたい。
『ロックンローラー』がそのきっかけになってくれればいいなと思う。
きっとそうなるだろう。
両親が思ってもみない娘になることだろう。
それでも両親が嫌う赤ちょうちんで、ワンカップや瓶ビールを飲んでいることだろう。
煙草を吸い、ブルースロックに酔い、酒を飲み、文章を書く。
それは誰もが望んでいない形だとしても、誰もが憧れる生き方でもあるのだと、周りが教えてくれるのだ。
矛盾しているようだけどね。