橋岡蓮 ’s diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

勇気ある決断

まず報告がある。

小説『ロックンローラー』を増刷する。

完全に在庫がないからだ。

我が家にあるのは残り十五冊程度である。

これじゃあ、どうにもならないじゃん!

ぶっちゃけ金なんてないけど、金をかけて増刷する以外に術はないと判断した。

要は自腹切ってでも増刷した方が、巡り巡って私のためだということだ。

もっと言うならば、私のためになるように動けばいいということだ。

完売させればいいのさ。

今に見てろよ!

今日、こんなことを言われた。

 

「橋岡蓮さんは、自費出版では日本一売れていますよね!」

 

確かに自費出版するということは素人であるということ。

それなのに、増刷しなければ追いつかない程本の売れ行きが止まらない人を私は知らない。

まだ、発売してから一ヶ月程度。

本当に本当に、皆様に感謝。

大人買いしてくださった方、お友達に薦めてくれた方、どっぷり浸かってくださった方、全ての人にリスペクト。

この勢いを止めてはならない、そう思ったのだ。

生活もあるとはいえ、守りに入る時期ではない。

このまま自腹で増刷し続けることによって、誰かの目に留まるかも知れない。

海外出版や賞や商業出版の話が上手く行くかも知れない。

だから、私も一人のロックンローラーとしてリスクを背負って、勝負に出るというわけだ。

 

 

とはいうものの、判断を下すまでに少々の不安とためらいがあった。

なぜなら、初版は売れたものの自腹切って増刷できる程の貯えらしい貯えといったものはないからだ。

さて、どうしよう。

だけど、在庫が本気でヤバい状態になってきた。

本当ならば手を付けたくなかった貯えだが、在庫切れにするのは不本意だった。

そこで勇気ある決断をし、人生をポジティブに展開させようと考えたのだ。

きっとあの日あの時の決断のお陰で今があると思える日が来るだろう。

敢えて、バイトもしない。

とにかく増刷した分を捌くことだけを考えることにした。

それが最も私らしい方法だと感じたからだ。

攻め続けろ、みたいなね。

 

 

余談だが、生活に困窮したとある人が『ロックンローラー』を買わないという決断を下した。

その人にとっては、運命の分かれ道だったのかも知れないなと感じた。

私だったら、自分の中のアンテナに従って、八百八十円を自己投資と考えて友人である橋岡蓮の新作『ロックンローラー』を敢えて読む。

そこに救いがあるかも知れないじゃないか。

だけど、その友人は私との友情もぶった切り、救いのチャンスも失ったように見える。

あの日あの時、自己投資していれば運気が好転したかも知れないのに。

因みに、彼は『破壊から再生へ』を絶賛してくれた一人である。

ずっと『ロックンローラー』を楽しみにしていた。

それなのに、結局買わない決断を下してしまったようだ。

まぁ、能天気な私としては、今は時期ではなかったのかも知れないなと思って彼からの連絡を待っている。

友情が消えてしまったなんて思えないからだ。

ただ、過度な期待は禁物であり、彼にとっては私はその程度の人間だったかも知れないので、私から連絡をすることはない。

しかし、勿体無いなと思うのだ。

彼にこそ『ロックンローラー』を読んで欲しかったからだ。

これから生きて行くためのバイブルのようなものになったに違いないからだ。

何が言いたいかって、やはりあの日あの時の勇気ある決断でその後の人生は左右されるということが言いたい。

たかが一冊の小説かも知れない。

ところが、勇気ある一歩によって人生が百八十度変わることだってあるのだ。

本との出会い、著者との出会いってそんなものだろう。

はっきり言って出会いが全てと言っても過言ではない。

つまり、小説『ロックンローラー』と出会った人々は一歩を踏み出した勇者であるということだ。

これを読んでくれている人は蓮ワールドの入り口に立たされているということ。

一歩踏み出すかどうかは、勇気ある決断次第かな。