橋岡蓮 ’s diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

ここから始まる

ん~、タイミングってあるのだろうか。

人生に於いて上手く行かなくことがあったとする。

だけど私はそこがスタート地点だと考えるタイプ。

これってウザい?

終わったな、っていうのは散々重なり合って揉めに揉めて、終わりを意識するもの。

何も始まっていないのだったら、これから始まると思っていいのでは?

ポジティブすぎるだろうか?

上手く行かないことは寝かせればいいじゃん。

時期が合わなかったことをタイミングと言うのかな?

私はその「タイミング」がよくわからなくなってきた。

だってそういうことは往々にしてあるだろう。

上手く行かなかったポイントはスタート地点だっていうこと。

そんなことを考えながら、パソコンに向かっている。

 

 

何もかもが絵に描いたように順調なんてことはあり得ない。

かといって、辛いとか、泣きたいなんて文字は私の辞書には無い。

どうして上手く行かなかったのかと分析することはある。

しかし、落ち込むことはない。

何でも自分にとってプラスに考え、相手を尊重し、先を見ることが大切なのではないだろうか。

恨んだり、憎んだり、怒ったり、イライラしたりする必要なんてない。

相手の心情を理解し、受け止めることが大切だ。

 

 

ところで、友達と承認欲求の話になった。

女に限らず男でも、好きな人からは一番と言われたいもの。

私の場合は、相手からお前は一番だと言われなくても、ある程度の自己承認ができていることに気づいた。

サラッと書いているが、これ、難しいことでもある。

世の中の多くの人が、自己承認がしたくて自分を磨いているのではないだろうか。

だけどできない。

そう簡単には行かない。

そこで必要なのは第三者の存在なのではないか。

好きな人から一番と言われなくても、自分を褒めてくれる第三者がいれば自己承認が得られるような気がする。

承認欲求は、多かれ少なかれ誰しもが持っているものだと思う。

それなのに、承認欲求は悪いものとされる。

嫉妬心についても同じようなことが言える。

独占欲もそうだ。

ただ、私から言わせれば、全ては「好き」の裏返し。

可愛らしい感情じゃないかと思ってしまう。

完全なるドライな女のどこが可愛い?

大人に振る舞う人間のどこに魅力があるのか?

 

 

私としては、泥臭い感情を持っている人間の方がよっぽど魅力的に映る。

好きな人に振り向いてもらえなくて心掻き乱す人が普通じゃね?

世の中は、そういう人のことを変人扱いする風潮にある。

だったら私が味方してやる。

先頭切って、私は変人ですけど何か?ってね。

人間って、いつまでも自分のことを見て欲しいと願う生き物。

私のことをもう金輪際見ないでよ、っていうのは別れの時だろ。

ブロックしたくてブロックするんじゃないよね。

ケジメを付けるため、もしくは、他の人への誠意だよね。

そんなこんなで、私はブロックされても責めない。

むしろ、私のことを真剣に考えてくれていたんだなと解釈する。

話が逸れたか?

人間関係で悩むことは滅多にない。

そう、悩んでいない。

ただ、もっと自己承認できれば楽だったかも知れないって話。

比較的、私は自己承認できているタイプ。

私ってサイコーって、いつも思っているから。

それなのに、たまにドスンと落ちる。

そういう時って、第三者からのお世辞なんかに救われたりする。

私は悩める人にとって、第三者で在りたい。

そして、良いところ一杯褒めてあげたい。

かつ、共感しまくってあげたい。

自己承認できない人は、第三者に飢えているからね。

 

 

上手く行かなくなった時がスタート地点。

概ね、これは間違いないと思う。

何故なら、何も始まっていないから。

恨みつらみを持たない私は、たまに女神と言われる。

しかし、そうではなくただ単に自己承認できているだけ。

私って憎めない存在。

そう思うことから始めようか。