橋岡蓮 ’s diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

手に入れられるもの

ランチを食べに家を出て、養命酒を買いに行くつもりが気づいたら一人焼き鳥屋で飲んでいる。

レバ刺しとつくねでは腹一杯にならないので、親子丼を食べようか迷っているところだ。

でも食べたら太るしなぁ。

ただ、ここ最近美味しい親子丼を食べていない。

よし、ここはドカドカうるさいロックンロールバンドさってことでドヤ顔で頼むか!

前からこの店の親子丼は気になっていたのだ。

まだ十五時なことをいいことに、頼んでやった。

最寄り駅前にあるこの店は居心地が良く安いので、たまに訪れる。

昼間から飲兵衛ばかりのこの店は、まるで私を呼んでくれているかのよう。

煙草が吸えればもっといいのだが、店前に灰皿が置いてある。

それで十分だ。

 

 

埼玉県はとても気持ちの良い天気。

近所をぶらぶらしているのが勿体ないくらい。

しかし、週末は友達と飲みに行くので、貴重な休みの日でもある。

十四時までバタバタしていたのだが、二時間ほどぽっかり空いてしまった。

アパートで昼寝するよりは焼き鳥屋で飲んだ方がマシでしょう。

親子丼は、美味しくなかった。

玉ねぎが入っていなかった。

だけど完食して店を出た。

それにしても瓶ビール二本と親子丼はキツかったなぁ。

レバ刺しが美味かったから、オッケーとしようか。

 

 

なんだかんだでこの土地に馴染んでいる私がいる。

地方へ行きたい気持ちも山々だが、そもそも今の職場を離れるのが惜しい。

それだけだ。

介護職はどこにでもあると言われるが、いい職場である補償はない。

ここは何もない街だが、焼き鳥屋があり、中華料理屋がある。

一人でいるのもそれほど苦痛じゃない。

確かに鍋を囲んだり、苦楽を共にできる人がいれば安心するのだろう。

それがイコール幸せなのか、私にはまだわからない。

そもそも自分にとっての幸せって何なのか。

家庭に収まっても、一人羽ばたいても、私ならどっちにしても上手くやれるような気もする。

前にも書いたが、どちらか選べという問題ではないかも知れない。

達人になると、両方手に入れるのかも知れない。

だけどゴチャゴチャした気持ちを吹っ切ると、結婚が全てでもないような気がする。

本当の本当は暖かい愛に包まれたいのだが、そう簡単には手に入らない。

それならいっそのこと飢えた愛情を満たすことは考えず、仕事のことだけ考えようか?

ところがなかなか決断を下せないのは、恐らく人間臭い一面だと思っている。

 

 

私ってどこへ行ってもどこかへ行きたくなる性分のような気がする。

だとしたら、限界までここにいようかという考えもある。

ここにいて何か足りないことなど何もないし、成し遂げられないこともない。

多くを求めすぎてもロクなことがない。

あれもこれもと手を出して、何一つ手に入らなかったという話はよく聞く。

だとしたら消去法で残るのは、仕事だよな。

私にとって自分の生き様は一つの作品のようなもの。

東京、千葉、埼玉と渡ってきたが、介護の仕事に出会ってやっと心が落ち着いた。

以前から書いているように過去の経験が全て繋がったからだ。

やっと生きている実感が湧くようになった。

一年前は、何を目標に生きればいいのかわからなかった。

ロックンローラー』を書き終えたら、死んだように若くして隠遁生活でも送ることになるのかと思っていた。

神様がいるかどうかは知らないが、何かがちゃんと見てくれている。

それは間違いない。

私の課題としては、地に足のついた生活を送ることにある。

どうしてもどこかへ飛んで行こうとしてしまう。

自分が自分の手綱になれれば一番いいのだが。

もしくは、今の仕事を手綱にしてしまうことだ。

仕事に生き甲斐を感じられるようになったのだから、私なら「街」に居場所を感じられる時が来るはずだ。

旅人だった私にとっては、それが如何に難しいか。

一生のうちに、手に入れられるものは限られているような気もするけどね。