橋岡蓮 ’s diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

心の居場所はどこか

休日だったので、部屋の片づけをした。

とにかく着なくなった服をゴミ袋へ移動した。

四十五リットルのゴミ袋が四つ分になった。

思い切って捨てた。

すると、なんだか清々しい気持ちになった。

部屋の中もスッキリした。

もやもやしたことがある時には、思い切った行動が必要かも知れない。

服は着たいものを買いに行くのも楽しみの一つ。

だから思い切って捨ててしまった。

あとは掃除機をかければ完了なのだが、その前にこれを書くことにした。

あの後、父さんは無事に新千歳空港に着いたそうだ。

ご丁寧にショートメールが来た。

 

「身体に気をつけてください。また行くよ!」

 

それに対してこう返事をした。

 

「沢山ありがとう!仕事頑張ります!」

 

それ以外には言葉が見つからなかった。

このようなメールが来たのは初めてのことである。

やはり想うところがあったようだ。

 

 

私は、父さんに会って心が満たされたものの、まだ不安定さを抱えていた。

天気は良く、断捨離もし、友達とも長電話したのになんとなく心が震えていた。

何故だろう。

たぶん、自分がどうあるべきかが見えなくなっているのかも知れない。

ただ、これだけは言える。

新人賞の発表が来年五月にある。

それまではどこにも行かないし、仕事も辞めない。

今の職場には最低でも一年間はいようと決めているので、七月までは続けるだろう。

もち吉の願い』は来秋発表予定なので、それに間に合わせるように動かなければならない。

動くとしたらその後だ。

前から言っているが、海のある町へ行きたい気持ちがある。

しかし、北千住や上野の繁華街を捨てきれないのも事実。

自由だからこそ、どこへでも行ける。

どこへ行こうが私の自由。

私を止める人などどこにもいない。

けれど、自由過ぎるがゆえの悩みというものもあるのだ。

要は「居場所探し」である。

一体私は何十年、居場所を探しているのだろうか。

しがらみがないからこそ、どこへ行こうか悩む。

ずっとずっと悩んでいる。

 

 

先日、スタッフとも話をしていたのだが、東京は歳を取ったら実に住みやすいところだと。

医療は充実しているし、買い物も楽。

確かに自然はないけれど、百万ボルトの夜景がある。

しかもこの辺は、特に住みやすい。

都心に比べて家賃も物価も安いし、庶民的である。

都内なのに「しまむら」で買い物して「日高屋」で飲めるのは東京の外れならではだ。

このアパートに来てまだ間もないのだが、住めば都。

どんどん馴染む自分がいる。

かといって、人生を劇的に変える勇気がないわけではない。

独り身なので、ポーンとどこかへ飛んで行くこともできる。

人生において大事なことはどこに住むとかどの街へ行くとかそういう問題ではないような気がする。

心の住み家だろ!

ただ、私が想うのは、都心を離れて田舎へ移住したら何かが変わるような気がしてならない。

心が浮遊した状態なので、着地点を探している。

きっと、その町に誰がいるかで全ては決まるような気がする。

独り身ならばこのままここにいるのがベストだが、共に人生を歩みたい人がいるならばその人がいる町へ行くのがベスト。

最近、深くそのようなことを考えている。

 

 

どこへ行けば幸せになれるかなんて野暮な話じゃない。

やはり、どこが私を呼んでいるかだ。

年内は、そういう意味で旅をしたいと思っている。

地方まで足を運び、全く違った風景が見たい。

北千住や上野が私を呼んでいるように、蓮さんウェルカムな町があるような気がしてならない。

できることなら定住し、死ぬまでそこで暮らしたい。

今の職場は捨て難いが、一年間修行させてもらったらステップアップするのもアリのような気がしている。

心の居場所。

結局は「誰と」一緒にいるかなんだけどね。

肝心なのは、飛び込める相手がいるかいないかだ。

とある人は言っていた。

一人くらいいるわよ、ってね。