nakanakadekinai's diary

単なる日記でもなければ、単なるエッセイでもない

女の幸せとは

部屋の中がすこぶる寒かったのでラーメンを食べてモコモコ靴下を履いたら暖かくなった。

靴下一つでこんなに変わるものかと驚いた。

休みだったので、朝からダラダラと過ごしてしまった。

やるべきことは幾つもあるのだが、今日のところは勘弁させてもらった。

少々ワインを飲んで眠たいのだが、翌日からまた仕事なので先にこれを書いてしまうことにする。

なるべく早く寝たいのだが。

早く寝てしまうのも勿体ない気もしてしまう。

休日はいつだって明日なんて来なければいいのにと思う。

 

 

ところで友人とこんな話題になった。

女の幸せとは何か?という話だ。

それに対して、まず私はこう答えた。

 

「女を一括りにするものではない。個人差があるから」

 

世間一般的には子供を産むことが女の幸せだとされている。

しかし、私は母親になる自分を受け入れられなかった。

だから女として生きることが私の幸せでもある。

すなわち、女でいさせてくれる男を好きになる。

私に対して「母なる存在」を求めたりされると、やはり上手く行かない。

かといって、母性本能みたいなものはある。

上手にそれをくすぐることができる人も中にはいる。

それよりもレディファーストしてくれる人の方が好き。

日本人は下手だって言われているが、私もそう思う。

そういう人に限って、やたら海外体験の話をするが、所詮日本人だろうにと思う。

なぜなら、レディファーストの意味を知らないからだ。

まぁ、矛盾しているようだが、亭主関白も嫌いではない。

要は、筋が通っているかどうかが問題なのだ。

男だからって威張るのではなく、俺についてこいと言うからには一本気なところを見せて欲しいのである。

納得すれば着いて行く。

だから納得させてくれればいいのだ。

一つも納得が行かないのに、着いて行くわけがない。

無理矢理一緒にいさせられるくらいなら、一人でアパート暮らしをしていた方がよほど幸せかも知れない。

今の私は、少ないが給料をもらい、自分一人が食べたり飲んだりする分は何とかなっている。

仕事が終わって真っ暗な部屋に帰って、ワインを啜りながらお惣菜などを食べているだけで自由を感じたりする。

時間を気にせず寄り道して、生ビールを引っかけるのは極上の幸せだ。

 

 

こんな人もいた。

休日にやることがなくて家に閉じこもっていることが侘しいという人。

よほど退屈か、惨めな人なんだなと思った。

私としては休日家から一歩も外に出ないことは最も優越に浸れることでもある。

やることそっちのけで、布団の上でゴロゴロしたり、昼からワインを飲んだりできることは、仕事からの解放感から得られる快楽だとも思っている。

つまり、今この生活は、仕事以外は何をしていても特別で幸せなものであると言いたい。

物足りないといえば、恋人同士の空間がないことかな。

男に女でいさせてもらっていないことが、唯一の不満でもある。

私は女でいたいがために、多くを犠牲に生きてきた。

それなのに恋人同士の空間の欠落は、女の自覚を削ぎ落すものでもある。

一人でいることの幸せは十分に味わっているのだから、そろそろ神様は私に愛溢れる生活を差し出してもいいではないか。

物欲も金銭欲もない私は、やはり大事にしてくれるかどうかがキーワードになる。

そもそも、女でいたいという言い方は抽象的な言い方かも知れない。

結婚して子供が沢山いても女でいさせてもらっている人もいる。

それでも不満をタラタラ並べる人もいる。

そう考えると、やはり女の幸せには個人差がある。

先の話に戻るが、だとしたら、やはりそれは男からして謎なのかも知れない。

私の場合は単純だ。

脇目を振らず私だけに入れ込んでくれる人がいればいいのになと思う。

そういう人だけを愛おしく思う。

やはりどう考えても、私ってそういう女かも知れない。