仕事をしながらつくづく思うことがある。
無駄と思えることこそ手を抜かないということと、朝礼・昼礼で上司が言っていることに耳を傾けるということ。
その大切さに気づいてしまったのは、毎日ゼロスタートで数字を出さなきゃならないからだと思う。
例えば、コールセンターで言えば『留守電の吹き込み』などはほとんどの人が無駄な時間だと思っている。
しかし、私は周りと差を付けるにはそれを『発声練習の場』だと捉えることにした。
そうすると十時間の中で無駄な時間は一分たりともないことに気づく。
確かに十時間集中するのは不可能なのだが、せめて午前中だけでも集中して数字を出せば波に乗れることもわかった。
全ては優れたパフォーマンスを発揮するため。
そのためには前の日の酒も控えるし、朝昼のメシも睡魔に襲われないように控えることができる。
そう、全ては数字のため。
全エネルギーを集中させても数字が出ないようなら、初めてリストやお天気のせいにすればいい。
自分で書いておきながら、とてつもなく都合のいい『カモ』。
完璧に洗脳されているんじゃないの?!
そうとも言えるが、営業の仕事をしている以上、数字でしか自分を保てないことがわかりきってしまったからだ。
若い子が多くまるでファッションショーのような職場だが、私がどんなに新しいカーディガンなどを着ていたって何の意味もない。
とにかく数字だ!
私はここにいる以上、数字が全てなんだ!
人間は人間性が全てだと思って生きていた私は甘かったことにも気づく。
人間性とスキル、どっちも大事なんだ!
脳みそも手先も不器用な私はスキルなんてクソだと思っていたこともある。
それよりも人間は、愛で、笑顔で、涙が全てだと本気で思っていた。
でも違う。
やはりできるヤツには一歩及ばないのさ。
本当にできるヤツってのは、愛も、笑顔も、涙もちゃんと持っていて、それでいて腕を磨いて生きているんだ!
気づくのがおせーよ!
ましてや、素質がある人は磨かなきゃ損だ。
社会の中で生き残るってのは、人間臭さだけではダメなんだ。
昔とある人からこう言われたことがある。
「センスだけで仕事をするんじゃない!知識を身につけなさい」
ナニクソ、と思っていたが今の私ならすんなり理解できる。
コールセンターの仕事でもそうだ。
やはり商材の知識があると、堂々と言い返すことができる。
つまり、自信に繋がるということだ。
池袋の定食屋に寄ったのは訳がある。
自炊もいいけど、夕飯は早めに摂った方がいいとアドバイスされたからだ。
週末となると絵に描いたような酔っ払いでごった返す電車内。
最寄り駅に着くと、あと十五分くらい歩けばアパートに帰れる安堵に包まれる。
とある方から教えてもらった吉田拓郎の『人間なんて』を聴きながら家路に着いた。
もしや、この曲ってめちゃくちゃいい曲?
部屋に一人、YouTubeで何度もリピートしてしまった。
こたつの上にノートパソコンと日本酒とワインの瓶を置いて文章を書いている私にエールを送ってくれるようだった。
この時代に生きていれば、私はもっと尖っていられただろうし、孤独を感じる暇がないほどの仲間に恵まれたかも知れない。
数字だ!数字だ!と叫んでいる私の両手を掴んで、ちょっと待った!と言ってくれたような気がした。
あれ?
やっぱり人間は、深い人間になるべきであって、コマになるために生きているのではない!
いやいや、どっちなんだよ!!!
ただ、それなりに涙を呑んで生きてきたから、涙堪えて歯を食いしばっている人の気持ちは少しはわかるはず。
とはいえ、そんな同情心のようなものではメシは食えない。
『人間なんて』と歌う拓郎氏は、時代を飛び越えて、私に大事なことを問いかけてくれたような、そんな気がする。