昼休み、ゴキブリと先輩とタメ口女を並べて三人の前でこんなことを言ってやった。
「若い時の苦労は買ってもしなさい!」
「は?橋岡さん、それってどういう意味ですか?」
「解り易く言うと、最低賃金でこき使われることじゃ」
すると先輩がこう言ったのだ。
「俺、苦労なんてしたくないし」
「何言ってるの、三十二歳ならまだ若いんだから。三十五歳までは若いの!」
「俺、若くないし!」
「だから三十五歳までは歳取らないの!」
事実、私は三十五歳まではギラギラしていて現役バリバリだったのだ。
考えようによっては、その辺の誰よりも、今でも私は現役なのだ。
その一方で、世の中を達観し、疲れ果てた老人のような一面もある。
「私、金なんて要らね~!」
ギョッとしてタメ口女が私の顔を覗き見た。
「え?金が要らないなんてどうしてそんな境地に辿り着けるの?」
「壁にぶつかりまくってきたから」
「私なんて、欲の塊りよ!」
「私は最低限度の金さえあればいいかな。そもそも、私は働きたくて働いてるの。金のためじゃない」
私がそこまで言うと、流石に三人は考え深い顔をしていた。
私は私で、ここぞとばかりに年上のお姉さんぶるのである。
「宝くじなんて要らない、ギャンブルもしない、休日は週二日以上要らない」
「橋岡さん凄いっすね」
ゴキブリが珍しく、私を褒めた。
「ねぇ、ねぇ、橋岡さ~ん!」
「ん?どうした?なに?」
ゴキブリは最近私にやたらと甘えてくるようになった。
周りに人がいなければ、話したいことが山ほどあると云うような顔をしていた。
「うん、今度話しますよ」
ゴキブリはどうやら私に心を開きたいようだ。
先輩は先輩で、私が元気だと安心するようだ。
張り切って契約を取りまくり、極秘技を私に自慢したりしていた。
私は出社したら、とにかく自分のことより皆との会話を心掛けている。
会社の中では部署内で皆を笑わせ、ちょっかいを掛けたりして盛り上げる。
喫煙所でも皆とぺちゃくちゃ喋っている。
皆の笑顔を見て、私は最大の安堵感を得ている。
私って愛される年上のお姉さんなんだわ、と。
誰か一人でも元気がないと、私は様子を窺いつつ話しかけてみるようにしている。
すると、単なる二日酔いだとわかることもある。
これだけ愛されているスーパーウーマンでも、元気のない顔を見たりするとこんなことを考えてしまう。
「あれ?私、喋りすぎたかな?余計なこと言ったかな?」
その結果気付いたことがある。
私ってヤツは、全員が笑顔でないと気が済まないようだ。
たとえ、タメ口女やゴキブリでさえ、雲った顔をしていたら、もしかしたら私のせいかも知れないと考えてしまう。
十人いたら十人が笑顔で初めて私も笑顔になる。
つまり、全員に気を遣っているというわけだ。
「フン、なんだアイツ!」
とはならないのである。
悪く言えば、皆の顔色を窺っているのかも知れない。
しかし、思ったことを考えながらもストレートに発言している。
それで皆が笑ってくれれば御の字なのだ。
タメ口女が、こう言っていた。
「どこの店予約したの?」
「魚が食えて、日本酒とか焼酎が飲めて、煙草が吸える店」
「そうなんだ、ありがとう」
おいおい、ありがとうございますだろ!とは思ったが、お礼を言われたことで自分のしたことを認めることができた。
私に警戒していただけで、私と仲良くなりたいと思っているのかも知れない。
そう考えると、タメ口や生意気さなんて簡単に許せてしまうのだった。
帰り際、うちの部署のリーダーである元ホストが私にこう言った。
「せっかく教えたわけだし、長く続けてもらいたい」
姐御肌の私は、だったら続けてやるという気持ちになった。
とはいえ、有限な時間であることに変わりはない。
いつまでご一緒できるかわからないが、ここにいる限り、精一杯皆に尽くそうと思った私の小さな幸せの話だ。