食って寝るだけの人生では納得できないから今の私がいるのである。
生まれた時から私は勝負の連続だった。
親元にいた頃は、近所の誰よりも優秀でなければならなかった。
五歳でピアノを始めてからは、お上手レベルでは許されなかった。
誰よりも優れていて、尚且つ、容姿端麗でなければならなかった。
十六歳で家出して、社会に出て自立しても、自分はある意味優秀でなければならないという意識がなかなか抜けなかった。
若い頃はとにかく社内ナンバーワンを目指した。
しかし、今となっては、負けるが勝ちという生き方を身につけた。
わかりやすく言うならば、マウント取ってくるゴキブリやタメ口ちゃんと張り合うことをせず、ビリでもプライドを保てる術や考え方で勝負している。
それは、負けているようで負けていない。
勝負を放棄しているようで、プライドの置き場所は守り抜いているのである。
その結果どうなったか?
ゴキブリはクビになり、タメ口ちゃんはズル休みをした。
激動の八月が終わり、どんな九月が待っているのかと思いきや、バタバタと人が潰れたりする中、人員不足である。
そして私の休日は消えてゆく。
私が上野のイタリアンレストランでめちゃくちゃ美味しいビールを飲み、ズワイ蟹のパスタを食べ、アメ横をぷらぷらしていた時、社長から電話が鳴った。
タメ口ちゃんと連絡が取れなくなったと云うことだ。
そもそも、出勤日なのに出勤しなかったタメ口ちゃん。
社長が電話して新人研修があるから十四時までには来てくれと言ったところ、ぶっちしたそうだ。
そして、電話に出なくなったとか。
だから社長は私に連絡したとのこと。
「おい橋岡、アイツ、辞める前兆はなかったか?」
「昨日、もう無理とか言ってましたけどね」
「どうやら同じこと繰り返し注意されたのが嫌になったらしいわ」
「え?それで出勤放棄?甘えてますね」
「だよなぁ〜」
「そこまでしてもクビ切られないとナメてるんですよ」
「アイツ、面倒くせ〜!!」
結局タメ口ちゃんは、ウザいことに、ただの構ってちゃんである。
私は冷めているからか、漠然とこう思った。
一度でも倒れ、周りに迷惑をかけるヤツはたぶん長く保たないだろう。
タメ口ちゃんはズル休みしながら、他の仕事を探しているかも知れない。
私みたいにマウント取らず、一見するとやる気あんのか?と思われるヤツに限って、自分が倒れない術を身に付けているのである。
ほら見たことか!
社長はここに来て、私の強さを再認識しただろう。
年の功ってヤツ、だてに長年生きてないってこと。
上野では暑かったけど、八月の異様な暑さはなくなった気がする。
若干の爽やかさがあった。
アメ横を歩いていたら、海産物が目に入った。
目に入るということは、やはり自分の戦場はまだこの会社なのだろう。
社長や元ホストとガチで話し合って、売り上げ上げたいよななどと考えていた。
私に差し出されたのは新人教育。
余裕でそれくらい受け入れてやる。
社長と元ホストに恩返しするのも終盤である。
私は自分のために営業スキルを磨き、高いハードルを越える。
それは何のためかって、何度も言うが、未来のためである。
人のために生きることから、自分のために生き、更にはまだ見ぬ将来のために生きるのだ。
飯食って寝ることは、私にとってはエネルギーチャージでしかない。
わかりやすく言うならば、翌日高いパフォーマンスを発揮するため。
そのために飯食って寝る。
自宅はもはや居場所ではない。
私の居場所は戦場にある。
自宅はエネルギーチャージするためだけにある。
幸せなんて漠然とした曖昧なものは要らない。
くすぶり続けることに危機感を抱いている私だが、何者かになりたいわけでもない。