「私、とある社長からFAX送れって言われたんですよ」
「あぁ、送っておいて」
「電話番号書いておけって言われたんですけど」
「任せるよ」
は?
何それ?
任せるよってどういうこと?
「自分の番号教えた方がいいんですか?」
「うん、任せるよ」
いやいや、私が困っているのがわからんのかい!
エロ社長を顧客にしろって云う無言の圧力か!
元ホストに訊いた私が間違っていたのか?
さらに元ホストは訳わかんないことを言い出した。
「ホストってのは付加価値を付けてシャンパンを入れさせる」
「付加価値って何ですか?」
「アフター行ってご飯食べるとかね」
ヤバ、私なんて指名欲しさにお客さんとアフター行ってたホステス時代を思い出してしまった。
軽いホステスだったのかも知れない。
いや、単に元ホストみたいに数字に貪欲ではなかっただけかも知れない。
そうでもないか、などと思いながらアフターの意義を考えていた。
そもそもアフターとは、ホストやホステスがお客さんと営業時間後に食事へ行ったりすることである。
そしてあわよくばホテルへ行けるかも知れないと思わせぶることでもある。
お客さんは店内の接客から一歩進んで、親密になれると誤解する。
その誤解につけ込んで、自分に本気になってもらうためにアフターへ行くのである。
ところが私などは、馬鹿ホステスだったので、好きなお客さんともっと一緒にいたいからアフターへ行った。
つまり、私は仕事という認識がなく、ホステス業を男性との交流の場として楽しんでいたところがある。
当然のことながら恋愛に発展したこともある。
その時はもう、指名料だの、売上だのと云うことはどうでも良かったわけだ。
かといって、私は腐ってもホステスだったので、店に来てくれないお客さんとは付き合わなかった。
ただ、それは営業ではないのだ。
私の仕事を尊重し、応援してくれる良識のある人が好きだっただけに過ぎない。
そもそも私は数字には鈍感な方だ。
それに独占欲と云うものが薄いような気がする。
この人は何がなんでも私の客よ!
みたいな意識があまりないと云うことだ。
だから、そのお客さんが離れて行かないようにとガチガチにガードを張ることがない。
見ていると、他の人は自分のお客さんが自分から離れていくことに恐怖を感じているようだ。
会社というこんな狭い世界の中でもお客さんの取り合いはあるようで、それに対して私くらいになると下らなさを感じて幻滅してしまう。
低レベルの取り合いのような姿を見てしまうと、底の底を見せつけられたようで、気持ちが萎えてしまったりする。
そんなことを考えながら隣町のbarで生ビールとウォッカトニックを一杯ずつ飲んだ。
すると地獄のような疲労が押し寄せてきた。
「付加価値かぁ」
コールセンターでの営業職における付加価値についてずっと考えていた。
物を売るのだから、付加価値は商品とその値段でしかないと思っていた。
しかし、お客さんは何かしら自分だけの付加価値を感じるからこそ物を買うのだろう。
だとしたら、付加価値を提供するのが私の仕事なのかも知れない。
ホストクラブでお客さんがアフターへ行きたくてシャンパンを入れるように。
高額の蟹を売るために、皆はどんな努力を陰でしているのだろうか。
「任せるよ」
元ホストの吐いたその言葉がとてつもなくズルく感じた。
「俺なら付加価値つけて、高額売るけどね」
直接言われなかったが、そういうことなのかなという気もした。
こんな世界に遣り甲斐を感じるかどうかは個人差がある。
ウチの会社は世の中の縮図のようで、嫌気が刺すのは私だけ?
私は堂々としていたいよな。
ずるさも、小利口さも、下手な芝居も抜きで。